コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第36回
2016年3月22日更新
第36回:あまくない砂糖の話
オーストラリアの40歳の俳優が、「ヘルシーだけど砂糖を過剰に摂る生活を続けるとどうなる?」という実験をする映画。以前にも「スーパーサイズ・ミー」みたいに、ジャンクなファストフードを食べまくる実験の映画はあった。でもまあ、ジャンクを食べ続けりゃそりゃ不健康だよね、というのはだれにでも想像できる。この映画のミソは、ジャンクじゃない一見健康的に見える食事でも、糖分は実はすごく多いし、糖分をとり続けると肥るのだ、ということを見せつけたことにある。
そういう食事や食材は健康食品的に売られていても、砂糖がかなりたくさん含まれている。だからオーストラリアでは人々は、平均して1日にティースプーン40杯もの砂糖を摂っているというから、かなりびっくり。日本でもグラノーラとかシリアルが流行ったりしているが、ああいう食品にも砂糖は大量に入っている。自分では健康的な生活をしているつもりでも、実は砂糖過多になってるんじゃないの?というお話だ。
監督も務める俳優デイモン・ガモーは、いつもはとても健康的な生活をしていて、身体も引き締まっている。彼の日常の食事は、たとえば朝食には野菜とベーコン、卵、アボカド。昼食はサラダとチーズ。夕食には牛肉や鶏肉、魚、バター、野菜。おやつに食べるのもナッツや野菜スティック、フムス(ひよこ豆を潰してディップにしたもの)などで、炭水化物も砂糖も制限していて、非常に健康的であることがうかがえる。
60日間にわたった実験で彼が食べたのは、こんな内容だ。オーストラリア人の成人男性は平均して1日に2300キロカロリーだといい、総カロリー数は実験前と変えない。
朝食。シリアル、フルーツトースト、オートミール、オレンジジュース、りんごジュース、ジャム。
昼食。パスタ、ピザ、低脂肪マヨネーズ、りんごジュース。
夕食。鶏肉、ベイクドビーンズ、トマトスープ。
おやつ。低脂肪マフィン、果物のジュース、ドライフルーツ、スキムラテ(脱脂した牛乳のラテみたいな感じ?)、ミューズリー(グラノーラみたいなもの)のバー。
実験では、甘い炭酸飲料やアイスクリーム、チョコレートなどのお菓子は排除して、「低脂肪で健康的」と売られている食品だけが選ばれた。そしてガモーは、これまでも習慣づけていたジョギングや筋トレを実験のあいだも続けた。
そしてこの結果がどうなったかというと、脂肪をとらないようにし、運動もし、総カロリー数も抑えたのにもかかわらず、なんと体重が8.5キロも増え、ウエストは10センチも太くなった。脂肪肝になり、中性脂肪の値も急上昇したという。なんともビックリだ。
まあこの結果が、どのぐらい客観性を帯びているのかは実のところわからない。米ニューズウィークなんかは「この映画のいちばんの問題は、科学的な根拠の乏しい過激な理論をあたかも常識のように売り込んでいる」と非難している。
とはいえ、そういう問題があるとしても、この映画の警告はけっこう意味があると私は思っている。私たちは「オーガニック」「有機」「天然」といったことばにやたらと弱い。オーガニックという冠がついているだけで、なんとなく健康的でからだに優しいと思い込んでしまう。でも、ある物質が身体に影響を与えるという場合、それがオーガニックか人工的かは実はあまり関係ない。自然放射能だろうが人工的につくられた放射能だろうが、一定の線量を超えれば人体に影響をもたらすのと同じように、オーガニックだろうが人工的だろうが、過剰に砂糖を摂れば身体に悪いに決まっている。
しかし、だからといって過剰に砂糖を忌避するのもどうなのかなあ、と思う。最近は糖質ダイエットがさかんで、本作品でやり玉に挙げられている果糖やショ糖だけでなく、デンプンなどの炭水化物全体を減らした方がいいとされているが、炭水化物をゼロにしてしまうことについては危険性を指摘する専門家も少なくない。
つまり砂糖にしてもデンプンにしても、摂りすぎなのが問題なだけであって、その存在を全否定することでもないんじゃないかな。
だから私たちのできることとしては「自然の成分を使ってつくりました」「身体に優しいオーガニックな原料を」といった形容詞に振り回されるのではなく、「砂糖は悪」「炭水化物を根絶!」と過激に走るのでもなく、半調理品に頼らずなるべく基礎調味料をつかい、加工されていない野菜や肉を素材として購入し、自分できちんと調理する。そういうことなんじゃないかと思う。
■「あまくない砂糖の話」
2015年/オーストラリア
監督:デイモン・ガモー
3月19日から、シアター・イメージフォーラムほかにて全国順次公開
⇒作品情報
筆者紹介
佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。
Twitter:@sasakitoshinao