コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第25回
2015年3月12日更新
![佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代](https://eiga.k-img.com/images/extra/header/118/sasakisan.jpg?1362386490)
第25回:皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇
メキシコに「ナルコ・コリード」という音楽のジャンルがある。スペイン語のわからない私が聞くと、なんだか少し懐かしい感じの陽気なラテンミュージックにしか聞こえない。踊りたくなるほどだ。しかしナルコ・コリードは実はとても怖ろしい音楽だ。日本語に直訳すれば、「麻薬密売人のバラッド」。実在の麻薬組織のボスたちを題材にして、彼らを英雄としてあつかった語りの音楽なのだ。歌詞がすごい。
「手にはAK-47 肩にはバズーカ 邪魔する奴は頭を吹っ飛ばす 俺たちは血に飢えているんだ 殺しには目がないぜ」
![麻薬組織のボスたちを英雄として称える音楽=ナルコ・コリード(麻薬密売人のバラッド)](https://eiga.k-img.com/images/extra/1695/93ea4bd9dc515897/640.jpg?1610967508)
ナルコ・コリードの歌手たちは特定の組織と親しくするため、敵対する組織から憎まれ、これまでたくさんの歌手が殺害されているという。何とも言えない話だ。おまけに反社会的すぎてメキシコ国内では放送禁止になっている。それでも人気者になれば大金が稼げるというので、ナルコ・コリードを歌う若者たちはたくさんいる。
この映画には、ふたりの主人公がいる。ひとりがナルコ・コリードで人気急上昇中の歌手、エドガーだ。エドガーはロサンゼルス生まれのメキシコ系アメリカ人で、インターネットでしかメキシコの麻薬組織のことを知らない。でも本場に憧れ、「スラングも何もかも本場がやっぱり凄いぜ」と、麻薬組織の本拠地を目指す。映画の中でエドガーのパートは、徹底的にハイテンションに描かれる。
![人気を集めるナルコ・コリード歌手](https://eiga.k-img.com/images/extra/1695/d60832b925da200c/640.jpg?1610967508)
もうひとりの主人公は、警官のリチ。彼は「世界で最も危険な街」と言われているシアダー・ファレスという100万都市の警察署で働いている。年間3000人をこえる殺人事件が起きている土地。殺人の現場で鑑識活動や遺体の検分などにあたる警察官たちは、なんと覆面をしている。顔がばれると、麻薬組織に狙われて殺されるのだという。なんという常識外れな、恐怖に支配されている恐るべき街……リアル北斗の拳というか、リアル・マッドマックスというか。
リチは正義のために戦う信念の人であるけれども、そして同時に彼の表情からは深い深い諦念が伝わってくる。映画の中での彼のパートは、静謐につつまれている。かつては静かで愛すべき街だった故郷を、彼はいまも愛している。「ここにあるのは死と暴力だけじゃない。愛も優しさも気遣いもある」。リチはそう独白するけれど、人は狙われるのを恐れて外出せず、ストリートには人影がない。
![画像3](https://eiga.k-img.com/images/extra/1695/cc001c9cf04535d2/640.jpg?1610967508)
アメリカは巨大な麻薬の消費地だ。かつてはこのマス市場に向けて、コロンビアから大量の麻薬が運ばれていた。しかし1980年代のレーガン政権時代の麻薬戦争によってコロンビアからのルートが壊滅すると、麻薬の道はメキシコ経由に変わった。そしてメキシコの麻薬組織が台頭し、まるで軍隊のように武装し、メキシコ政府と真っ向から対立するようになり、2000年代後半からの血で血を争う麻薬戦争となる。かつては静かだった街が戦場に変わり、すべては呑み込まれていく。
狂気と諦念がリフレインのように何度もくり返され、見ていると目眩がしてくるようなドキュメンタリである。戦慄ということばは、こういう映画のためにあるのだろう。
![画像4](https://eiga.k-img.com/images/extra/1695/67cd6e95f2898e85/640.jpg?1610967509)
![画像5](https://eiga.k-img.com/images/extra/1695/0e56d90a87da741a/640.jpg?1610967509)
■「皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇」
2013年/アメリカ=メキシコ合作
監督:シャウル・シュワルツ
4月11日から、シアター・イメージフォーラムほかにて全国順次公開
⇒作品情報
筆者紹介
![佐々木俊尚のコラム](https://eiga.k-img.com/images/writer/61/face.jpg?1437565687)
佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。
Twitter:@sasakitoshinao