コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第79回
2020年1月30日更新
フランスで公開「天気の子」は概ね好評 オスカーノミネートの仏アニメにも注目集まる
新海誠監督の新作「天気の子」が、フランスで1月8日に封切りになり、注目を集めている。公開1週目に9万5545人の動員数を記録し、この週のベスト8を記録。この数字は、フランスでも大ヒットした前作「君の名は。」を凌ぐという。批評も概ね好評で、「驚くべき技巧のみごとな統率」(ウェスト・フランス)、「エコロジカルで詩的な寓話。新海はその才能の最高峰に留まり、観客を夢幻的世界に誘う」(20ミニッツ)、「日本のアニメ界の新たなマジシャンが、エコロジカルな寓話に挑戦。まばゆいほどの美しさ」(パリ・マッチ)といった賛辞が見られる。
ただその一方で、「壮大な前作と比べると失望させられる。新海は今回再び、災害と恋人たちの再会を扱っているものの、新境地を開拓することはできなかった」(カイエ・デュ・シネマ)といった辛口の批評もあり、意見が分かれているようだ。ロングランヒットを記録した前作にならって、今後どれぐらい踏ん張れるかが分かれ道となるだろう。
もっとも、新海監督自身、本作については「賛否が分かれる映画になった」と発言しているので、批判も想定範囲なのかもしれない。ただし、日本とフランスではアニメーションの受け取り方もまた、いささか異なる。単純に文化の違いというよりは、フランスの場合、アニメも実写と変わらず、大人も観ることが前提にある。すなわちアニメだから子供向けというイメージはなく、作り手の側も過度にエンターテインメントであることを気にかけたり、わかりやすさを念頭に置くことはない。もともと映画は芸術であり、そこに多様性を求めるお国柄ゆえに、それが成り立つのだろう。日本のアニメが受けるのも、ディズニーやピクサーのアニメとは異なる視点、オリジナリティ、そして映像的技巧が高く評価されている所以なので、わかりにくいゆえに批判されるということはないと考えていい。
多様性ということで言えば、2019年にフランスでもっとも評価され(カンヌ国際映画祭批評家週間グランプリ、アヌシー国際アニメーション映画祭最高賞と観客賞をダブル受賞)、2020年アカデミー賞のアニメ部門にもノミネートされたジェレミー・クラパン監督による初長編「失くした体」も、大人向けの秀逸な作品だ。胴体から切り離されてしまった手首が、その持ち主を捜して徘徊するという物語。パリの通りを徘徊する「手」が眺める、ふだん目にすることのないような裏通りや薄汚れた景色。「手」が回想する過去の思い出。すばしこく動き回る「手」を追ったスピーディな展開に付いていくうちに、映画はその持ち主である孤独な少年の物語に移行し、やがて両者は巡り合うのだが。
グロい描写と暗いドラマのなかに、ときにユーモアと詩情がのぞく。資金集めに難航し、完成までに7年を費やした本作は、アカデミー賞にノミネートされたばかりか、Netflixで184カ国に配信される(フランスでは劇場で公開された)。彼の成功は、今後若手のクリエイターたちに門戸を開くきっかけになるだろう。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato