コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第5回
2013年12月26日更新
カンヌ受賞作「そして父になる」がパリで公開 観客の反応は?
今年のカンヌ映画祭で審査員賞を受賞した是枝裕和の「そして父になる」が、クリスマスにパリで公開になり高い評価を得ている。フランス国内では大きな影響力を持つカンヌの受賞作だけに注目度も高く、配給会社のLe Pacteもいつになく宣伝費を掛け、一般観客へのプレビューをおこなったり、街の広告塔や地下鉄にポスターを張り出していた。そのせいか、日頃は日本映画を見ない幅広い観客層が映画館を訪れている印象だ。
子どもを出産時に取り違えるというのは、ヨーロッパでもあり得ない話ではない。映画でもエティエンヌ・シャティリエが1988年に「人生は長く静かな河」という作品を撮り、日本でも当時ヒットしたので、覚えている方もいるかもしれない。ただし本作はコメディで、浮気や嫉妬が巻き起こす過激な行為が笑いをもたらすという、是枝作品とはまったく異なるアプローチだった。ともあれこうした親近感のあるテーマで家族が描かれながらも、舞台は日本で、自分たちとは異なる習慣を持った社会の出来事という点が、こちらの観客の興味を引いたようだ。
実際、サイトやツイッターなどで見かける観客の感想を読むと、「最初は平凡な話だと思ったが、物語が進むに連れ引き込まれ、最後はとても感動した」「こんな理不尽な目にあっても、日本人が怒鳴ったりキレたりせず、冷静に対処するのに驚き、感銘を受けた」という声が多い。とくに後者のような反応が多く、これは実際フランスに長く暮らしていると「たしかにフランス人には理解し難いリアクションかも」と実感できる。感情を抑制することが苦手で、その瞬間の気持ちを素直に爆発させるタイプのラテン系フランス人にとって、誰にも当たり散らすことなく怒りを押し殺すキャラクターたちの姿勢は、あまりに「禅的」で驚いてしまうに違いない。だが、是枝監督の手腕は、たんに静かで淡々とした“日本的な物語”に終わらせるのではなく、その底に流れるさまざまな人間の感情、心の絆を、まるでインクが滲み出るようにゆっくりと浮き立たせ、どんな国の人々にも沁みる親子の深いドラマへと昇華させた点にある。
マスコミや批評家の反応もおしなべて好評だ。日刊紙のル・モンドは「デリケートで詩的。観客を魅了する限りない優しさを発揮する」、リベラシオン誌も「是枝の演出のクオリティはディテールにある。たったひとつのショットで多くのことを語ることができる」と絶賛する。
フランス語の題名「TEL PERE, TEL FILS」は、「この父にしてこの息子あり」といった意味だが、血のつながっていない子どもが親を親足らしめる、ということもまた言えるだろう。養子をとる親の例も珍しくないフランスでは、本作は切実な問題として多くの問いを観客に投げかけるに違いない。ちなみに是枝監督はフランスの俳優のなかにもファンが多く、ジュリエット・ビノシュなどはことあるごとにインタビューで彼の名を挙げ、「いつか一緒に仕事をしたい」とアピールしているほどだ。
個人的には、もしも本作がアカデミー賞外国語映画賞の日本代表に出品されていたら、普遍的なテーマとともにカンヌ受賞の知名度も手伝って、かなり有利だったのではないかと思うのだが、結果は知る由もない。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato