コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第136回

2024年10月31日更新

佐藤久理子 Paris, je t'aime

アピチャッポン・ウィーラセタクンの展覧会が開催 ティルダ・スウィントン参加作品、坂本龍一へのオマージュ作も

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フランスで毎年秋におこなわれる「フェスティバル・ドートンヌ」の一貫として、アピチャッポン・ウィーラセタクンの展覧会がポンピドー・センターで開催されている。ビデオを用いたインスタレーションとVR展の2つを同時開催、さらに短編も含めた映画の特集上映と、パリで初めてアーティストとしての彼の全貌を紹介するものになった。

ポンピドー・センター前にある、ブランクーシの元アトリエを用いた「夜の粒子」と題されたインスタレーションの展覧会は、今回のために制作されたティルダ・スウィントンを被写体にした作品や、すでに発表したものを含め、11作品を展示。アトリエはもともと自然光の入る明るい空間だが、これらの映像作品のためにアピチャッポンは光を遮断し、暗い空間に作り変えた。「最初は光に溢れたこの有名な場所を使うことに恐れ慄きましたが、異なる方法でこのスペースとコミュニケートできるのではないかと考えました。ブランクーシは自然を観察し、彫刻によってムーブメントを捉えた。そこには生やムーブメントに対する祝福の思いがあったと思います。僕も方法は違っても、同じことをしていると思います」と、内覧展を訪れたアピチャッポンは語った。

作品のなかには、9編の映像が並べられた「Video Diaries」のように、あえて音を消して上映しているものもある。それはあまり広くない空間のなかで、いくつかの音が反響し合い、アンビエントな世界を構築することが計算されているためだ。

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「January Stories」という作品では、スウィントンが部屋の中で、じっと物思いに耽っているような様子に、チャプチャプと定期的な音が被さるのだが、のちにそれは古びた扉が水に浸り立てている音だとわかる。まるで「ししおどし」のような心地良いリズムが、観る側を瞑想世界に誘う。

「自分にとってインスタレーションは映画とは異なり、観客とのインタラクティブな対話。サウンドも映像と同様に重要です。この展覧会では、足を踏み入れた観客が水の流れる音や些細な物音に敏感になり、この空間を五感で共有できるようにしたいと思いました」

坂本龍一が音楽を手がけた「Solarium」では、画面が左右に二分割され、右に寝ている男の顔、左には背中を向けて寝ている女。やがて女の顔(スウィントン)が映ると、彼女は目を開けたまま眠っているようであり、右の画面には彼女が見ている夢の映像と思われるような風景が写し出される。

本展は、アピチャッポンがファンだったという坂本龍一にオマージュを捧げたものでもある。「僕は学生の頃から坂本龍一の音楽が大好きで、どこに行くにもイヤホンで彼の音楽を聴いていました。彼の音楽と一緒に育ったようなもの。だから縁があって彼とコラボレートできたことはとても光栄でした。あるとき彼と一緒に食事をしたとき、フォークが何かにぶつかってチンと音を立てたんです。彼はその音をとても気に入って、その場で録音していた。その現場に遭遇して、日常の中のアコースティックサウンドがとても美しいと気づかせてもらったし、彼の好奇心にとてもインスパイアされました」

一方、再び坂本龍一が音楽を手がけた「太陽との会話」と題されたVR展は、あいちトリエンナーレの委嘱を受け、日本のクリエーターたちと共同制作をした2022年の作品である。小グループごとにヘッドセットを装着するインスタレーションは、目の前に古代の銅像のようなものが現れたり、白い球体(太陽)が昇る様子を間近に目にしたり、自身の視界が宙に浮いたりと、まるで宇宙空間を漂ったかと思えば、唐突に巷の群衆を目撃したりする。古代から現代まで時間をすり抜けるような感覚、あるいは世界の創造に立ち会うような不可思議な旅が体験できる。ふだん触れられないもの、見えない何かを体感させるに近い、VR体験としても神秘的なものと言える。

最近作「MEMORIA メモリア」(2021)と、短編の上映回には、ティルダ・スウィントンも参加し、監督とトークを開催した。後者では、アピチャッポンから影響を受けて撮ったという、スウィントン自身が撮影した短編「Will We Wake」も上映。赤ん坊の顔を映し続けている映像であるものの、生の不思議を感じさせる。

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2002年にカンヌ国際映画祭で審査員を務めた折に、「ブリスフリー・ユアーズ」でカンヌに参加していたアピチャッポンに出会ったスウィントンは、彼の作品に出演することになった経緯について、「わたしたちはお互いやりとりするようになってすぐに、映画における夢の存在、睡眠の存在について語り合うようになりました。わたしの子供たちの父親が、『映画のなかで眠れるなんて素晴らしいじゃないか』と言ったので、それをジョー(アピチャッポン)に伝えたらとてもウケて(笑)。それからすぐにふたりでコラボレーションする可能性について話し合いました」と語った。

一方、アピチャッポンはかつて実験映画にはまっていた頃、スウィントンの出演しているデレク・ジャーマンの「ラスト・オブ・イングランド」を観て感銘を受けたことを語り、「その荒々しさ、彼の持っている怒りなどにも拘らず、この監督は本当に楽しみながら映画を作っている、ということが伝わってきたのです。ティルダに出会ったときにそれを伝えて、映画を作ることの楽しみをふたりで追求したい、という話になったんです」と意気投合した様子を回想した。

VR展は会場の都合で10日間だけとなったが、レトロスペクティブは11月9日まで。アトリエ・ブランクーシの展覧会は1月6日まで開催中。(https://www.centrepompidou.fr/en/program/calendar/event/LJeRZIl)

筆者紹介

佐藤久理子のコラム

佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。

Twitter:@KurikoSato

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