コラム:挑み続ける男 大友啓史10年の歩み - 第8回

2021年5月18日更新

挑み続ける男 大友啓史10年の歩み

「影裏」を撮ることで見えてきた故郷・岩手への思い

10回連載の特別企画【挑み続ける男 大友啓史10年の歩み】。第8回は、綾野剛松田龍平との仕事を振り返った前回に続き、「影裏」についてうかがっていきます。「影裏」を撮ることで見つめ直した自分自身と故郷の関係性、「影裏」を撮ったことで新しく見えてきた故郷への思い、たっぷりと語っていただきました。(取材・文/新谷里映)

──前回は「影裏」の綾野さんと松田さんをメインにこれからのクラフト・ムービーについての構想をうかがいました。今回は「影裏」を撮ったことで故郷への想いはどう変化したのか、もう少し深く、大友さんを形成した環境について聞いていきたいと思います。まず、地元盛岡で映画を撮るというのは、「影裏」と出合う以前から大友監督のなかで温めていたことだったのでしょうか。

そもそも震災がなければ地元を顧みることはなかったと思うんですよね。会社(NHK)を辞めてフリーになって、映画を撮るんだと新しい人生を選択したわけですが、希望もある一方で不安も大きかった。そんなときに震災が起きた。ニュースなどで故郷の惨状を目にして目の前が真っ暗になりましたね。被害の全貌が明らかになるにつれて、もちろん実家や地元のことは心配でたまらなかったけれど、自分自身の人生も心配になってきた。震災によって経済にも影響が出ることは明らかでしたし、独立のタイミングとしては最悪だなと。映画なんか撮っている場合じゃない、本気でそう思いました。映画を撮れなくなったら、生活していけなくなったら、コンビニで働くとか、とにかくやれることは何でもやろうと。いざとなったらどんな仕事でも這いつくばってやると。まあ会社を辞めるとき、どこかでそういう(覚悟をもって挑戦する)自分と出会いたい気持ちもあったんですね。震災によって、改めてその時の覚悟を思い出しました。

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──誰もが将来に不安を感じたと思います。

そうですよね。震災が起きたことで、自分の人生と故郷に期せずして真剣に向き合うことになった。向きあって行き着いたのは、友人や知人を心配する気持ちと、戻る場所は故郷しかないんだという気持ちですね。とは言っても「るろうに剣心」の撮影が控えていたので、映画を撮るしかなくて……。多くの邦画の撮影は中断されましたが、「るろうに剣心」は外資の映画でしたから撮影は決行された。震災で故郷のみんなが大変な時に地元に帰らず、苦しみも共有できず、自分だけ安全地帯で映画を撮っていていいのだろうか、自分が困った時だけ助けを求めるような、故郷との関係はそれでいいのだろうか、色々な考えが頭に浮かびました。そのときの葛藤があったからこそ、その後、定期的に地元に帰って、地元の連中と集まって、盛岡のために何ができるか、地元に貢献できることはないか、そういうことをわりと真剣に話すようになったんですよね。

──たとえば、どんなことですか。

盛岡には全国で唯一の「映画館通り」という通りがあって、繁華街の最盛期には10館を超える映画館が軒を重ね、僕が学生の頃も7館の映画館がありました。映像を生業にしている人間として、歴史あるその場所で何かできることはないかと。それで小中高の同級生と一緒に<映画の力>プロジェクトを発足しました。一時期は「もりおか映画祭」という地元の映画祭もけっこう盛り上がっていたんですが、震災も大きな一因で、その映画祭の存続が危ぶまれるようになった。まずはその映画祭を自分たちで盛り上げることができないかと。映画館を盛り上げる、商店街を盛り上げる過程で地元と繋がりを作ってきました。1作目の「るろうに剣心」の公開前には、「新渡戸稲造博士・生誕150周年記念」と「もりおか映画祭」プレイベントを絡めた武士道を語るイベントを開催したり、地カクテルの「INAZO」を地元のバーテンダー協会と開発したりしましたね。剣心と新渡戸稲造は親和性があって面白いんですよ。

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──新渡戸稲造といえば武士道、「るろうに剣心」の時代は、まさに武術から武道に変わっていった時代でもあり、それを象徴するのが神谷道場でもあると、お話されていますよね。

そう、繋がっているんですよね。盛岡出身の教育者、思想家の新渡戸稲造の著書「武士道」は明治時代に世界中でベストセラーになりましたが、書籍の中で新渡戸は、「武士道」は日本固有の文化であると同時に散りゆく桜でもあると書いています。新しい明治の時代、社会が西洋化するなかで変わりゆく日本人固有の価値観を新渡戸は、いま一度再確認しているんですね。宗教のない日本を束ね、国民が共有する社会規範を作ってきたのは「武士道」の精神ではないかと。その武士道の極意とは、鞘から刀を抜かずに戦いを収めること、戦わずに争いを収めることです。そう捉えていくと、「るろうに剣心」にも武士道の精神に近いサムライスピリッツを見い出せます。「るろうに剣心」が海外でも人気なのは、新渡戸の「武士道」以来続く日本の侍像に対する評価や憧れ、そういう影響もあるはずで。そんなふうに地元でイベントや映画祭を続け、友人たちと活動するなかで、自然と地元盛岡で映画を撮りたいと思うようになっていったんです。

──そして「影裏」と巡り合い、実現したわけですね。

岩手の人たちは凄く喜んでくれましたね。「影裏」の公開直後の興行は「スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け」を超える稼働だったそうです。凄くないですか? 地元を代表する蔵元の「南部美人」さんと「わしの尾」さんで「影裏」という醸造酒を、ベアレンビールというビール会社では「影裏」というクラフトビールを作ってくれたり、地元は思った以上に応援してくれた。ただ公開直後にコロナが拡がり始めたこともあって、地元の勢いが全国には繋がらなかった。二番館での上映や海外の映画祭にも持って行きづらくなって……。楽しく撮った作品ではあるけれど、やり残したこともまだまだある。しっかりとWin-Winのシステムを作らなければならないと痛感しましたね。地元の仲間たちは、僕の映画の公開日は毎回「世界最速上映」と銘打って、深夜零時からの上映イベントで応援してくれたり、今回の「るろうに剣心 最終章」ではコロナで深夜開始が無理なので、朝5時半からの早朝上映で盛り上げてくれたりもした。その心意気に応えるためにも、また岩手を舞台にした映画を作りたいと思っています。

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──岩手三部作ですね、期待しています。「もりおか映画祭」も参加してみたいですし、「映画館通り」も訪れてみたいです。

ぜひ、来てください。「映画館通り」もそのひとつですが、自分の生まれ育った場所──商店街や町の病院、何気ない道……懐かしい風景には言いようのない何かがあって、撮影を通してもう一度、そういった想い出の場所を訪れることができました。若い頃は地方出身者独特の故郷に対するひねくれた意識があって(笑)、生まれ故郷を省みることなく生きていましたが、あるとき(気持ちが故郷へ)Uターンするものなんですね。僕にとってのUターンのきっかけは震災でしたが、そうやって地元に目を向けることで、いつか自分はここに帰ってくるんだろうな、とも感じました。地元で過ごしてきた日々は決してドラマティックでもないし劇的でもないけれど、身体の奥底に何よりも深く残っている。どうしたってそこが自分の原点にならざるをえないんですよね。

──私も地方からの上京組なので、よく分かります。「影裏」を撮ったことで湧き上がった故郷への思いは、その後の映画製作にどのような影響を与えているのでしょうか。

明らかに違いはありますね。「影裏」を撮る前の「るろうに剣心」3作と「影裏」を撮った後の「るろうに剣心 最終章」は、僕の中で全然違いましたから。何が違うのかを今ここで言葉にするのはなかなか難しいですけどね。今回のこの連載で10年を振り返ることで、その違いも含めて人生の整理をしているような、新谷さんに対面コンサルしてもらってるみたいな感じでもある(笑)。これまでは、インプットとアウトプットを同時進行で繰り返しながら前のめりに突き進んできて、過去を振り返る余裕がなかった。ただ、こうして振り返りながらも、やりたいことはどんどん増えていくし、何か行動していないと自分が古くなっていく気がするというか、何かを逃していくような気がします。実際に「るろうに剣心 最終章」は、本当は昨年に公開予定で、コロナで延期になって、まあ来年のこの時期は大丈夫だろうということで4月23日に公開を決定したのですが、再びコロナと緊急事態宣言で、かなりの逆風に立たされています。何が起こるか分からないからこそ後悔しないように動かなきゃいけない。多くの事象に目を向けたり、いくつもの企画を動かしたりしないとって思ってしまうんですよね。

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──その逆風も大友監督ならきっと次に繋げていくのだろうと思います。前回のお話でも「影裏」を撮ることが癒しになっていたと語っていましたが、やはり必要な映画だったんですね。

たしかに「影裏」には、僕の大好きな世界があります。隠喩に満ちた表現、説明過多ではないこと。心の奥底から湧き上がる人物たちの感情に、気づく人は気づけばいいし、気づいた人に対しても、分かりやすく気づかせることはしないというか。共感できる人にだけ向けて発せられる、耳元でささやくような映画。結果は観る人の評価に任せるしかないけど、そういう映画を目指して取り組んだところはあるんですね。

──明確な答えは用意していないから自由に読み取ってくださいね、ということですか。

この原作自体が、向けられた批評に対して「ノー」と言える仕掛けを忍ばせているように思います。これってこういう作品だよねって、誰かがレッテルを張ろうとした瞬間に「べーっ」って舌を出してその場を去ってしまうような、したたかな文学の力とでもいうんですかね。言い換えれば、どんな読み方をしても許容する小説で、しかしながら、どんな読み方をしても拒絶する小説でもある。自分がその小説をどう読むのか、どう捉えたのか、自分のなかにしか答えはないんです。映画も同じです。この「影裏」を観て、切実な問題として感じる人もいれば、そう感じない人もいるでしょうね。後者にとってはもの凄く退屈な映画だと思います。でも、退屈だって思われたってそれでいいんだって、覚悟して映画を作ることは、なかなかどうして難しいものです(笑)。

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──大友監督はやはり挑戦し続ける人ですよね。敢えて文学の中でも難しい作品を映画にしようとしたわけですから(笑)。

僕は、沼田真佑さんの文学は逃げる文学だと思っていて、そこが魅力でもある。「逃げる」とは、読者が意味を捉えようとした瞬間に全く別の意味の存在を匂わせてくる。根拠とか言質を取られないように、肝心なことであればあるほど曖昧にしか書いていない。逆に言うと、明らかに多様な解釈を望んでいるのだと思います。「影裏」の今野のセクシャリティに関しても、言葉として明確には言及していない。そんなふうに緻密に断定を避け、用意周到に説明を隠した文学を映像化するには、一度自分のなかでしっかり嚙み砕いて、自分なりの解釈を確立する必要があります。この原作小説の行間に潜むものを消化して、しっかり定義づけていく。とはいえ、大友はこの原作をこう読みました、こう解釈しました、という核心部分はお客さんに見せない、分かりやすくは撮らない。これは綾野くんが言っていたことですが──「スクリーンいっぱいに表情(顔)が映し出されると、背景はぜんぜん見えない。見えないから背景に対する想像力がもの凄く掻き立てられる」と。今野が日浅を想う切ない気持ちは情景やムードでは説明できない。今野の感情でしか説明できない心の揺らめきなので、だから綾野くんのアップを撮るしかない。子犬のようなあの表情ね。

──セリフもない、ただ日浅を想う今野の表情、本当に切なかったですし、あれだけの寄りで感情を滲ませる綾野剛って凄いなって思いました。

そう、綾野くんの演じた今野はとてもデリーケートな役で、役に入っていけばいくほど、きっと本人も(役の)傍に横たわる細かいことが気になってしまうんですよね。それを監督である僕がどこまで気づいてあげられるか。「影裏」の場合は、綾野くんと龍平くん、2人の感情のディテールがどこにあるのか、日々どう変化しているか、それによって脚本の在り方や演出の視点すらも変わってくる。興味深いことに、そんな僕の行動を撮影の芦澤(明子)さんがちゃんと見ているんですよね。綾野さんにこんなこと言ってたでしょ?って、帰りのロケバスで僕に言ってくるんです(笑)。聞かれてるはずはないんだけど、なかなか的を射ていることが多くて。僕ら監督は観察のプロみたいなところがあるけれど、撮影者もまたその道のプロ中のプロなんだなって思わされることが何度かありましたね。

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──芦澤さんが捉えて映し出す「影裏」の映像は、本当に美しかったです。特に日浅との想い出として残るあの川のシーン、美しかったですね。

この映画は、日浅の行動と水の変容が並行して進んでいく物語でもあるんです。川を流れる水、降り注ぐ雨の水、蛇口から流れ出る水……。演出的には、水の量や水の音にとりわけこだわっているんですね。そしてラストシーンで今野のところに虹鱒(にじます)が流れ着いて、その虹鱒に向かって「おまえ、どこから来たんだよ」って逃がしてあげる。虹鱒を見送る綾野くんのあの表情に、一瞬映画が文学に変わって終わるような印象とか手触りを僕は感じたんです。そういう映画って僕の記憶の中にはけっこうあるんですよ。どんな意味があるのかは明確には分からなくても、何とも言えないざわざわした感動が残る。それを「言葉」にしたくて誰かと話したくなる、誰かと会いたくなるっていう経験をしてきたんですね。孤独を感じるときであればあるほど、そういう映画を観て救われてきた。だから僕も「影裏」で、自分の感じたあの感触を伝えたい──。多様な解釈を許容する、誰がどう捉えようとも映画は自由であってすべて受け止めてくれる、この映画は自分ひとりのものである、という感触をね。「影裏」は、僕が映画にもうひとつの「想い」を託した実験的な映画です。映画を観た方それぞれの個人的なざらついた感情というのかな、それを掘り起こせるような映画になっていると嬉しいです。そういう映画こそが、地元への、今の僕の等身大のメッセージとして相応しい気がしますね。

【次回予告】
第9回は、「るろうに剣心 最終章」の舞台裏をうかがいながら、「るろ剣」シリーズは大友監督にとってどのような存在になっているのか、壮大なシリーズを振り返ります。

筆者紹介

新谷里映(しんたに・りえ)。雑誌編集者を経て現在はフリーランスの映画ライター・コラムニスト・ときどきMC。雑誌・ウェブ・テレビ・ラジオなど各メディアで映画を紹介するほか、オフィシャルライターとして日本映画の撮影現場にも参加。解説執筆した書籍「海外名作映画と巡る世界の絶景」(インプレスブックス)発売中。東京国際映画祭(2015~2020年)やトークイベントの司会も担当する。

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