コラム:佐藤久理子 パリは萌えているか - 第18回
2013年5月31日更新
良作ぞろいの2013年カンヌ映画祭 現代社会を反映する同性愛や暴力描く作品も並ぶ
「勇気ある授賞」「大胆なパルムドール」といった見出しがクロージング・セレモニーの翌日の新聞を賑わせた今年のカンヌ映画祭。ふたりのヒロインの同性愛を描いたアブデラティフ・クシシュの「Blue Is The Warmest Color」をパルムドールに選んだ審査員長のスティーブン・スピルバーグは、その理由を「純粋にラブストーリーとして感動的だった」と語っていたものの、フランス国内では本作の受賞は政治的な見解を加味して伝えられた。というのも、フランスではちょうどゲイの結婚の権利が法的に認められたばかりで、それに反対する人々の強硬なデモが繰り広げられていたからだ。
そうでなくても下馬評では、本作はアメリカ的なピューリタニズムには刺激が強すぎるとして、家族をテーマにしたアスガー・ファルハディの「The Past」や、是枝裕和の「そして父になる」の方がスピルバーグの好みに合うのではないかとささやかれていた。もちろん、審査員長の独断で賞が決まると予想していたわけではないが、最終日の審査員団記者会見の様子では、各賞は満場一致というよりは熱心なディスカッションの末に振り分けられた、という印象を受けた。結果的にファルハディの作品では主演のベレニス・ベジョが女優賞を、是枝監督は審査員賞を受賞することでおさまった。
もっとも、振り返れば今年はそれだけ良作がそろった年だったと言える。計20本のコンペティションの顔ぶれを見るだけでも、コーエン兄弟、アレクサンダー・ペイン、スティーブン・ソダーバーグ、ジム・ジャームッシュ、ロマン・ポランスキー、ジェームズ・グレイ、アルノー・デプレシャン、フランソワ・オゾン、ジャ・ジャンクー、パオロ・ソレンティーノら、なんとも贅沢な顔ぶれが並んだ。特徴としては、フランス映画とアメリカのインディペンデント出身の監督が多かった。またケシシュ以外にも、同性愛をテーマにした作品が目立ったのは、偶然だろうか。ソダーバーグがアメリカのテレビ・チャンネルHBO向けに作った作品「Behind the Candelabra」は、70年代に一世を風靡したゲイのピアニスト、リベラーチェを描き、主演のマイケル・ダグラスの熱演が際立っていた。
ダグラスをはじめ、男優で見せる映画も多かった。コーエン兄弟の「Inside Llewyn Davis」で売れないフォーク・シンガーを演じたオスカー・アイザック、デプレシャンが初めてアメリカで撮った「Jimmy P.」でネイティブ・アメリカンに扮したベニチオ・デル・トロ、ソレンティーノの「The Great Beauty」で相変わらずアクの強さを見せつけたトニ・セルビッロ、アルノー・デ・パリエールの「Michael Kohlhaas」で中世の馬商人に扮し、いぶし銀の魅力を発散したマッツ・ミケルセン、そしてA・ペインの「Nebraska」でみごと男優賞をさらった名優ブルース・ダーン。
さらに暴力的な映画が少なくなかったことも、現代社会の反映と受け取れる。実際の事件をもとに中国の格差社会の歪みを痛烈に描いて脚本賞を受賞したジャ・ジャンクーの「A Touch Of Sin」、メキシコのドラッグ社会の腐敗を描き監督賞に輝いたアマト・エスカランテの「Heli」、タイを舞台にライアン・ゴズリングと再びタッグを組んだニコラス・ウィンディング・レフンの「Only God Forgives」や三池崇史の「藁の楯 わらのたて」など。ジャ・ジャンクーは受賞スピーチで、「映画は自分にとって勇気を与えてくれるもの。そして自由を考える最良の方法でもある」と語った。クシシュもまた「この映画で自由なスピリットを称えたい」とコメントした。
映画が娯楽以上の何かでもあり得ることの意義。今年のカンヌはそれをあらためて考えさせられるものだった。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato