コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第83回
2006年11月8日更新
「ゾディアック」の仕上げに取りかかっているデビッド・フィンチャー監督に、直撃取材できることになった。「ゾディアック」とは、60年代から70年代後半までアメリカを震撼させた連続殺人鬼のことで、いまだに犯人が逮捕されていないことで知られている。まだ映画が完成していないので確かなことは言えないけれど、今回の映画版はゾディアック事件に取り憑かれた複数の人間を追う社会派ドラマのようだ。
今回の先行取材を許されたのは、フランス人の女性記者とぼくの2人だけだった。女性記者も、同行してくれる映画会社の宣伝部の人も、インタビュー前は、かなり緊張している様子だった。たしかに、「セブン」や「ファイト・クラブ」などを観ると、とっつきにくい芸術肌のクリエイターを想像してしまいがちだ。ぼく自身も「パニック・ルーム」で取材をするまでは似たような印象を持っていたのだけれど、実際の監督はとてもおしゃべりで、物の見方やユーモアのセンスが多少屈折しているけれど、サービス精神が豊かなのだ。今回も、監督のランチタイムに時間を割いてもらったのだが、予定の時間をオーバーしても、「全然構わないよ」と言って、こちらが用意したすべての質問に答えてくれた。詳しい内容については公開タイミングなどの事情でまだ書くことができないんだけれど、「M:i:III」の企画を降りた理由から、無能なスタジオ重役とのやりとりや、殺人鬼のゾディアックがフィンチャー監督の人格形成に及ぼした影響、11月からクランクインするブラッド・ピット主演の新作「The Curious Case of Benjamin Button」に至るまで、忌憚なく語ってくれた。
その後、「ゾディアック」の色調調整の作業を見学した。同じシーンでも、カットごとに画面の明るさや色調が微妙に異なっているため、監督はレーザーペンで画面の一部を指しながら、「顔の部分をもうすこし暗く」、「ここにはCGで窓を付け加えよう」などと指示を出す。映像派のフィンチャー監督だけに、修正前の映像だって十分すぎるほど素晴らしいのだが(なにしろ撮影がハリス・サビデスだ)、修正が加わると、それ以外の選択肢はあり得ないような、完璧な映像に仕上がる。監督の矢継ぎ早の指示に即座に対応できるスタッフも相当優秀だが、ぼくがなによりも驚いたのはデジタル映像のクオリティだ。「ゾディアック」は「コラテラル」で使用された同じバイパー・カメラを使いながら、2Kという通常のHDよりも画素数の多いフォーマットで、しかも非圧縮で記録しているという。「コラテラル」や「マイアミ・バイス」や「スーパーマン・リターンズ」といった他のデジタル映画にはビデオ的なルックがつきまとったが、「ゾディアック」は完璧なフィルム映画だった。もうフィルム撮影には戻れないと監督は言っていたが、デジタル撮影でこれだけのクオリティを達成できるのなら、それは当然の成り行きだと思う。スチールカメラ市場でフィルムカメラがデジタルカメラに取って変わったように、ハリウッドで大きな転換が起きるのもそう遠くなさそうだ。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi