コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第282回
2017年1月16日更新
第282回:アカデミー賞はこうして決まる!賞レースを戦い抜くスタジオのテクニック
ゴールデングローブ賞において、「ラ・ラ・ランド」が史上最多となる7部門での受賞を果たした。さすがにちょっと多すぎだとは思うけれど――だって「カッコーの巣の上で」の6部門を超えてしまっているのだ――個人的には2016年のベストだと思うし、夢や希望の賛歌は、トランプ時代にこそ必要だと思う。
だが、先日ツイッターであるメッセージを受けて、心をちょっとかき乱された。ゴールデングローブ賞において「シング・ストリート 未来へのうた」が受賞を逃してショックだという内容で、相手はおそらく同作の大ファンで、おそらく自分の半分以下の年齢だろう。同作がノミネートされただけでもラッキーで、受賞の可能性などあるはずもないと確信していたぼくは、複雑な思いに駆られた。ハリウッドで長年映画の取材をこなし、いまではある映画賞に投票させてもらう立場になったぼくは、いつしか普通の映画ファンの感覚からずれてしまっているのではないか、と。
言われてみれば、「ラ・ラ・ランド」も「シング・ストリート 未来へのうた」もミュージカル映画で、いずれも高い評価を得ている。なのに、後者はアメリカの映画賞でまったくと言って良いほど話題になっていない。この現象をおかしいと思うのが当たり前ではないか?
そこで、あらためてアメリカの映画賞が決まっていくプロセスについて説明したいと思う。米映画賞の最高峰とされるアカデミー賞は、その年の1月1日から12月31日までのあいだに、ロサンゼルスの劇場で7日間上映された映画作品が審査の対象となる。2016年の対象作品は336作品で、ここには「シング・ストリート 未来へのうた」はもちろん、「シビル・ウォー キャプテン・アメリカ」のような超大作から外国映画まで入っている。
では、これらの映画すべてがきちんと審査されるのかと聞かれると、あいにく答えはノーだ。アカデミー賞を審査する映画芸術科学アカデミーとは、ハリウッドの業界人のエリート組織であり、日本で名の知られた俳優や監督、プロデューサー、脚本家などはみんな所属していると思っていい。6000人あまりの会員はそれぞれ本業があるから、本格的な審査を行うのは、大半がクリスマス休暇に入ってからだろう。彼らの自宅にはスクリーナーと呼ばれるDVDが大量に届けられるが、限られた時間ですべてを視聴できるわけがない。そこで、そのときに話題になっている作品から優先してプレーヤーにかけていくことになる。
今年のアカデミー賞のノミネート投票の締め切りは1月13日で、年末から締め切りまでのあいだに話題になっている作品が有利となる。
では、どういう作品が話題になるのか?
まず、秋から冬にかけて全米公開された作品だ。春先に公開された作品がどれだけ素晴らしい作品であっても、よっぽど記憶力がいい人でなければ、審査時期にはその印象は薄れてしまうものだ。ただし、この時期はライバルの配給会社も自信作をぶつけてくるので、注目を集めるのが容易ではない。そこでベネチア映画祭やテルライド映画祭、トロント映画祭、ニューヨーク映画祭といった9月、10月に行われる映画祭で高い評価を得ることが重要になってくる。毎年これらの映画祭でアカデミー賞狙いの力作がプレミア上映されるのはそのためだ。
そして、11月下旬から12月上旬にかけて、各メディアや評論家組合がそれぞれ映画賞を発表することになる。これらの映画賞がアカデミー賞の前しょう戦と呼ばれるのは、受賞結果をアカデミー会員が参考とするからだ。そのなかでも1月上旬に発表が行われるゴールデングローブ賞は、盛大にテレビ放送が行われることもあって、もっとも影響力が大きいと言われている。
「シング・ストリート 未来へのうた」に話を戻そう。この映画の全米公開は4月で、しかも限定公開だったので、あいにく大きな話題とならなかった。ただ、全米公開が早くても、たとえば2月公開の「羊たちの沈黙」や、5月公開の「クラッシュ」が作品賞を受賞したケースがある。実際、昨年3月に全米公開された「ズートピア」は、各映画賞で長編アニメーション部門を受賞している。それは、配給のディズニーがプロモーションを絶やさず、審査員たちの記憶に留めさせたおかげである。
一方、「シング・ストリート 未来へのうた」を配給したワインスタイン・カンパニーは、近年ヒット作に恵まれず、資金難が伝えられている。彼らがいまオスカー対策で力を入れているのは、昨年11月全米公開の「LIONライオン 25年目のただいま」であり、「シング・ストリート 未来へのうた」は放置状態だ。同作に関してはDVDをすでにリリースしているから、宣伝費を投じるメリットがないのだろう。
つまりアカデミー賞をはじめとするアメリカの映画賞に絡むためには、作品の持つ魅力に加えて、それなりの資金と戦略が必要なのだ。これは政治の選挙に似ている。候補者の資質や主張がいかに素晴らしくても、効果的にアピールする戦略と、それを支える資金力がないと当選は難しい。絶対的な評価など存在せず、不確かな人間たちが選ぶものだからこそ、選考対象そのもの以外の要素が入りこむ余地がおおいにあるのだ。
だから、こうした映画賞を絶対的な指標ととらえるのは大きな間違いだ。自分が好きな映画や俳優が受賞を逃したときは、「あいつら見る目がないな」と上から目線で楽しむのが、正しいスタンスじゃないかと思う。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi