コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第277回
2016年10月19日更新
第277回:ミュージカル映画の魔法を体験!「セッション」監督の新作「ラ・ラ・ランド」
はやいもので今年も賞レースの季節に突入してしまった。すでに各映画会社がアカデミー賞狙いの力作の宣伝に力を入れているし、これからいろんな映画賞が発表となるから、来年の授賞式に向けてどんどん盛り上がっていくことになるのだろう。例年なら、ぼくもそうしたお祭りムードに乗せられて、いい映画を見つけなければいけないという焦りにも似た使命感を抱きながら、試写室を渡り歩くものだが、今年は違う。素敵なディナーのあとに甘いお酒をちびちびと啜(すす)っているときのように、満たされた気分で狂騒を眺めている。実は、すでに今年1番の映画を見つけてしまったからだ。
今年の個人的ベスト映画は、トロント国際映画祭で観客賞を受賞した「ラ・ラ・ランド(原題)」だ。英語でラ・ラ・ランドとは、我を忘れた精神状態のことで、ロサンゼルスの別称でもある。これは夢の街ロサンゼルスを舞台に展開する、ジャズピアニストのセバスチャン(ライアン・ゴズリング)と、駆け出しの女優ミア(エマ・ストーン)のラブストーリーだ。
「ラ・ラ・ランド」最大の特徴は、ミュージカル映画であることだろう。
正直に告白すると、ぼくはミュージカル映画が得意ではない。登場人物の感情が高ぶると台詞が歌になり、芝居がダンスになる。このスタイルを頭で理解しているつもりでも、キャラクターたちが熱唱をはじめると、現実に引き戻される。その結果、ストーリーとミュージカルが分離してしまって、一本の映画として楽しむことができないのだ。成長過程において、ミュージカル映画の洗礼を受けなかったせいじゃないかと思う。
そんなぼくでも、「ラ・ラ・ランド」には夢中になれた。それは、ミュージカル映画ファン以外にも受け入れられる工夫が随所に散りばめられていたから。
たとえば、カメラワークだ。映画は、ロサンゼル名物とも言える渋滞のフリーウェイで幕を開ける。ここで壮大なミュージカルが繰り広げられるわけだが、50年代、60年代のハリウッドのミュージカル映画ならば、スタジオにセットを作り、固定のワイドショットで撮影していただろう。「ラ・ラ・ランド」は違う。本物のフリーウェイを2日間封鎖して、ダンサーと車で埋め尽くして撮影を敢行。しかも、ステディカムでカメラを縦横無尽に動かすから、あまりの迫力に観客は圧倒されてしまうし、「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」のように編集点が分からない長回しになっているので、緊張感が途切れないのだ。
こうした現代的なアプローチは、脚本にも反映されている。ストーリー自体は、ボーイ・ミーツ・ガールのとてもシンプルなパターンだ。しかし、同じ出来事を男女それぞれの視点から描いたり、現実とファンタジーを行き来したりと、王道のメロドラマでありながら、プレゼンテーションが今風なのだ。
古くて新しいミュージカル映画を生み出せたのは、デイミアン・チャゼル監督がまだ31歳という若手だからだろう。ハーバード大に在学中にミュージカル映画に夢中になった彼は、「ラ・ラ・ランド」の脚本を執筆。だが、その後、なかなか映画化できず、そのフラストレーションから低予算映画「セッション」を手掛けた経緯がある。「セッション」の大成功のおかげで、ようやく10年の年月を経て、「ラ・ラ・ランド」の映像化に成功したのだ。
若いながら苦労した経験があるからだろう。「セッション」といい、「ラ・ラ・ランド」といい、若いアーティストが理想と現実、キャリアと恋愛の狭間で揺れ動くさまが、リアルすぎるほど切実に描かれている。だからこそ、観客は登場人物たちに共感できるのだ。
「ラ・ラ・ランド」で初めて、ぼくは物語と歌唱&ダンスのシナジー効果を体験することができた。ミュージカル映画の魔法を体験させてくれた「ラ・ラ・ランド」のおかげで、当分は幸せな気分でいられそうだ。
ちなみに「ラ・ラ・ランド」は12月9日にアメリカで限定公開。日本では来年2月の公開を予定している。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi