コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第257回
2014年7月18日更新
第257回:リチャード・リンクレイター監督が12年を費やして描いた“少年時代”
大好きな映画に「ビフォア」シリーズがある。「恋人までの距離(ディスタンス)」に始まり、「ビフォア・サンセット」、「ビフォア・ミッドナイト」と続く3部作で、イーサン・ホークとジュリー・デルピー演じるカップルが主人公だ。いずれの作品も、ヨーロッパの街を舞台に、男女がひたすら語り合うという一風変わったラブストーリーで、2人の卓越した演技とリアルな会話、長回しの多用のおかげで、まるで本物のカップルが短時間のあいだに体験するドラマをそのまま観察しているような臨場感がある。そして、9年ごとに発表された続編を見ていくことで、20代、30代、40代と、同じカップルの変遷を楽しむことができるのだ。このようなシリーズは、おそらく100年以上つづく映画史のなかでも稀だろう。
さて、この3部作でメガホンを握ったリチャード・リンクレイターは、またもや唯一無二の映画を生み出した。少年時代を題材にした、その名も「ボーイフッド(原題)」という作品だ。
「ボーイフッド」の主人公は、アメリカの田舎町で暮らすメイソンという少年。現在6歳のメイソンが成長して、親元を離れるまでの12年間が題材となる。同じ人物の変遷を描くフォーマットは、伝記映画でおなじみだ。しかし、「ボーイフッド」の主人公は偉人でもなんでもない。等身大の平凡な少年なのだ。さらに、大胆なことに、主人公を含め、すべてのキャラクターの各時代を同じ俳優が演じている。実は「ボーイフッド」を実現させるために、リンクレーター監督は毎年数週間ずつ撮りため、12年もの年月を費やしたのだ。
さて、主人公のメイソンは、パトリシア・アークエット演じる母と、リンクレーター監督の娘が演じる姉との3人暮らし。シングルマザー家庭のため生活はいつも苦しく、おまけに母親がろくでもない男と立て続けに再婚をするため、さまざまなトラブルに巻き込まれることになる。メイソンにとって憩いのひとときは、イーサン・ホーク演じる父親との面会だ。ミュージシャンになる夢を捨てきれずにいつもふらふらしている父は、甲斐性はないものの、メイソンの良き相談者となってくれる。「ボーイフッド」は、決して恵まれた生活環境には置かれていないメイソンが、さまざまな出会いや別れを経て、自らのアイデンティティを確立していくさまを丁寧に描いていく。
プロットらしきものは存在しないし、描かれるイベントも無作為に選ばれているように映る。おまけに上映時間が2時間45分もある。映画を見始めたときは、「この調子がずっと続くのか」と気が重くなったものだが、いつのまにか不思議な魅力の虜となっていた。
感覚としては、映画というよりも、他人のホームビデオを見ている感覚に近い。自分とはまったく接点がないわけだし、そもそも作り物のわけだから、そんなものを見せられても面白くもなんともないはずだ。でも、幼いころから主人公の成長を見せられていると嫌でも愛着を覚えてしまうし、メイソンが体験することの大半は誰もが青年期に通過することばかりだ。かくして、僕はメイソンの幸せを心から願いながら映画を見ることになった。
映画には大人への成長を描く「coming of age」というジャンルがあるが、「ボーイフッド」はまさに究極。かつて少年だった僕としても、子どもを持つ親としても、心を揺さぶられる傑作だった。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi