コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第238回
2013年9月18日更新
第238回:期待を超える感動を与えてくれる傑作SF「ゼロ・グラビティ」
映画を観る前から、傑作と決めつけてしまっている作品がたまにある。たいていは好きな監督の新作で、予告編から得た情報をもとに頭のなかで勝手にストーリーを作り上げて、感慨に耽ってしまう。あいにく、こうした作品が期待通りの満足感を提供してくれることはめったにない。作品に関する知識を蓄えてしまっているから、サプライズが少ないし、感動する準備をしてしまっているので、どうしてもハードルが高くなってしまうためだ。
実際、心を揺さぶられるのは、なんの前知識もなく見た作品のほうが圧倒的に多い。先日、トロント映画祭で観た「The Dallas Buyers Club(原題)」は、まさにそんな作品だった。1980年代にHIVに感染し、余命30日と宣告された男(マシュー・マコノヒー)が、当時は違法とされていた薬品を外国からつぎつぎと密輸し、民間療法を開始。寿命を延ばすことに成功するばかりか、一大ビジネスを築くことになるという風変わりなサクセスストーリーだ。実話に基づいていて、主人公のロン・ウッドルーフという人物はエイズに詳しい人には有名な存在らしいけれど、恥ずかしながら僕はなにも知らず、おかげでまっさらな状態で楽しむことができた。
一方、アルフォンソ・キュアロン監督の「ゼロ・グラビティ」に関しては、かなりの知識を蓄えていた。 もともと大好きな監督だし、昨年末にJ・J・エイブラムスの制作会社バッド・ロボットでのパーティーに招待してもらった際も、すでに映画を観たプロデューサーのブライアン・バークから話を聞かせてもらっていた。それ以来、ずっと期待に胸を膨らませていたから、おそらくがっかりするに違いない。そんな不安を抱えて、トロント映画祭のプレミアに出席することになった。
「ゼロ・グラビティ」の主人公は、スペースシャトルに乗り込んだ女性エンジニア(サンドラ・ブロック)だ。はじめての任務で船外活動を行っているあいだに、宇宙ゴミが襲来。シャトルは崩壊し、主人公は宇宙空間に投げ出される。誰とも連絡が取れず、酸素が刻一刻と減っていくなかで、なんとか生き延びようとする、というストーリーだ。エイリアンやレーザー銃なんかが登場しない、リアルなSF映画ということで「2001年宇宙の旅」を連想する人も少なくないけれど、キュアロン監督が目指したのは、宇宙空間を舞台にした「激突!」(スティーブン・スピルバーグ監督)だという。言われてみれば、宇宙ゴミという顔の見えない脅威も、シンプルなストーリー構成も確かに似ている。
実現までに4年半を費やしたという映像がとにかく圧巻で、ジェームズ・キャメロン監督が言うとおり、宇宙を舞台にした映画では最高峰だろう。なにより感心するのは、驚愕のテクノロジーと、エモーショナルな物語が非常に高いレベルで融合している点だ。愛娘を事故で失った過去を持つヒロインは、以来、ずっと鬱ぎ込んだ生活を送っていた。しかし、宇宙空間で死に直面すると、生存本能にスイッチが入る。つぎつぎと迫り来る危機をかいくぐるなかで、生きる意義を見いだしていく。「ゼロ・グラビティ」は、無重力空間を舞台に、主人公の再生をドラマチックに描いていくのだ。
映像も演技もストーリーもこちらの予想をはるかに超えていて、ただただ圧倒されるばかり。クライマックスでは涙を抑えることができなかったほどだ。楽しみにしていた作品が、期待を超える感動を与えてくれるなんて、映画ファンにとってこれ以上幸せなことはない。
「ゼロ・グラビティ」の日本公開は、12月13日。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi