コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第226回
2013年5月29日更新
第226回:主人公とともに年齢を重ねる「ビフォア」シリーズの魅力を分析!
壮大な物語世界を舞台に繰り広げられるアクションやファンタジーが大半を占めるシリーズ映画のなかで、「ビフォア」シリーズは例外中の例外だ。1995年の第1弾「恋人までの距離(ディスタンス)」と2004年の第2作「ビフォア・サンセット」は、いずれも男女がヨーロッパの街を散策しながらひたすら語り合うだけで、事件すら発生しない。あるのは、途切れることなく続く知的で私的な会話と、揺れ動く心の機微だけだ。打ち上げ花火のような派手さはないけれど、恋愛のときめきと痛みをそのまま封じ込めたような独創的な作りになっているため、根強い人気がある。とくに、主人公と同世代の映画ファンならなおさらだろう。
前作から9年の年月を経て、第3弾「ビフォア・ミッドナイト」が全米公開された。
出会いや再会から始まった前2作と異なり、今回ジェシー(イーサン・ホーク)とセリーヌ(ジュリー・デルピー)はすでに過去9年間連れ添っているという設定だ。双子の娘に恵まれた二人は、ジェシーの作家仲間がギリシャに持つ豪邸でひと夏を過ごしている。しかし、一緒に滞在していたジェシーの息子が元妻のもとへ戻り、セリーヌに新たな仕事の話が舞い込んだことがきっかけで、二人の関係はぎくしゃくしはじめる。それから真夜中までのあいだに発生する二人の危機が、じっくり描かれることになる。
たいていのラブストーリーは恋愛の成就がゴールとなっているけれど、「ビフォア・ミッドナイト」は、ハッピーエンドのそのあとに焦点を当てている。どうやったら恋愛関係を長続きさせることができるのかが、今回のテーマだ。
「ビフォア」シリーズの最大の特徴は、徹底したリアリズムだ。男女の会話はとても自然で、二人の役者が勝手に喋っている様子を、リチャード・リンクレイター監督が切り取っているかのようにみえる。しかし、主演の二人によれば、即興は一切なく、すべて脚本に書かれた通りだという。アカデミー賞にノミネートされた前作「ビフォア・サンセット」と同様、脚本は主演二人とリンクレイター監督の3名が執筆している。イーサン・ホークがジェシー、ジュリー・デルピーがセリーヌのセリフを書いていると思われるが、実際はもっと入り乱れているという。イーサン・ホークは、「セリーヌの台詞のなかにも、僕が書いたものがたくさんある」と言う。
映画のなかでジェシーとセリーヌは暢気に世間話をしているようにみえるけれど、演じる方にとってみれば、これほど過酷な現場はない。リンクレイター監督が長回しを好むので、役者は大量のセリフを暗記しなければならないからだ。今回は最長で14分のシーンがあって、それがノーカットでえんえんと展開するのだ。このシリーズが9年おきにしか作られないのも、過酷な撮影のせいだとジュリー・デルピーは冗談めかして言う。
「撮影の辛さを忘れて、また同じ経験をしようと思えるまでに、それだけ長い時間が必要なのよ」
主人公の年齢に合わせて、「恋人までの距離(ディスタンス)」は20代、「ビフォア・サンセット」は30代、今回の「ビフォア・ミッドナイト」は40代が抱える悩みが描かれている。ジェシーとセリーヌは今度どうなっていくのか? ぜひ、50代、60代と続編を作り続けていってほしいと思う。
「ビフォア・ミッドナイト」は、14年に日本公開予定。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi