コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第167回
2012年1月26日更新
第167回:巨匠スピルバーグ監督、若い才能の刺激に「新作を撮りたくなる」
スティーブン・スピルバーグ監督といえば言わずと知れたヒットメーカーだが、最近、とくに精力的だ。昨年は「タンタンの冒険 ユニコーン号の秘密」と「戦火の馬」というまったくジャンルの異なるふたつの大作を完成させたばかりか、今はリンカーン大統領の伝記映画「リンカーン(仮題)」に取りかかっている。「戦火の馬」のニューヨーク取材が行われたのも、ちょうど「リンカーン」の撮休日だった。あまりの多忙ぶりに、「ここまでお忙しいのは、キャリアではじめてじゃないですか」と聞いたら、こんな答えが返ってきた。
「いや、一度だけやったことがある。1996年と97年には、『ロスト・ワールド』をやってから『アミスタッド』をやって、さらに『プライベート・ライアン』をやった。12カ月間のあいだに3本の映画の撮影をこなしている。あれは僕のキャリアでももっとも忙しかった時期だね」
いずれにせよ、いまスピルバーグ監督が新作を次々手がけていることには変わらない。最新作「戦火の馬」は、マイケル・モーパーゴの児童小説を映画化したもので、07年に戯曲化された舞台版「軍馬ジョーイ」が有名だ。もともとス監督は同作を映画化するつもりはまるでなかったという。
「『タンタンの冒険 ユニコーン号の秘密』で、アニメーターが作業にあたる9、10カ月間のあいだは監督として何もすることがなかった。それで、ロンドンに『軍馬ジョーイ』を見に行ったら、ハートをわしづかみにされてしまった。あまりにも強烈な体験で、映画をつくらざるを得なくなったんだ」
ハリウッドでは映画の実現に数年から十数年かかることも珍しくないが、スピルバーグ監督は公演を見てからわずか7カ月後には撮影現場に立っていたという。
「戦火の馬」は、第一次大戦の時代、軍に徴用されてしまった馬と、その飼い主の少年をめぐる感動ドラマだ。第一次世界大戦を舞台にしているため、スピルバーグ得意の戦争映画と見られるかもしれないが、戦時中に一頭の馬が引き起こすさまざまな奇跡を描いた力作だ(脚本は、「ラブ・アクチュアリー」のリチャード・カーティス)。監督は、雄大な大自然をキャラクターの1人として描くというアプローチを取っているため、まるで20世紀中ごろにつくられた大作映画のような、クラシカルな雰囲気を帯びているのも魅力だ。
それにしても監督は多忙だ。昨年だけでも、自身の監督作2本に加えて、「SUPER 8 スーパーエイト」のプロデュースと、「トランスフォーマー」などのドリームワークス関連作品の製作総指揮。さらに「Terra Nova~未来創世記」と「フォーリングスカイズ」というテレビドラマの製作総指揮を務めている(もっとも「Terra Nova」に関しては、「名前を貸しただけ」だそうだが)。
突然、いまになって精力的になったのは、7人もいる子供たちが成長し、手がかからなくなったことに加えて、若手の映画監督に刺激を受けているからだと監督は言う。
「若い映画監督の多くには刺激を受けているよ。たとえば、ポール・トーマス・アンダーソンやアレクサンダー・ペイン、スティーブン・ソダーバーグとかね。僕ら映画監督は常にお互いをインスパイアしあっていると思う。僕はひどい映画を見ると映画つくりを止めたくなる。逆に、素晴らしい映画に出合うと、翌日でも新作を撮りたくなるんだよ」
スピルバーグ映画で育った世代がハリウッドを担うようになった今、巨匠自身もインスピレーションを受けているようだ。
「戦火の馬」は、3月2日から全国で公開。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi