コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第146回
2011年8月10日更新
第146回:大人の恋愛が詰め込まれた「クレイジー、ステューピット、ラブ」
クリストファー・ノーラン監督の「バットマン」シリーズ最終章「The Dark Knight Rises」のセット取材で、ピッツバーグに来ている。2012年夏に世界公開されるこの超大作に期待を寄せている映画ファンも多いだろうから、一刻も早く報告したいところだけれど、あいにく現場で見聞きしたことはまだ書くことができない。こうしたセット取材をするとき、参加者はエンバーゴと呼ばれる露出規制の誓約書に署名させられる。これによって、配給サイドが許可を出すまで(たいていは日本での映画宣伝が本格始動するまで)、記事を発表できなくなり、新聞、雑誌はもちろん、Twitterやfacebookなどでの露出も禁止となる。箝口令を破ったところで、スタジオが法的措置に出ることはおそらくないとは思うけれど、その後の取材から締め出されることになるので、然るべき時期まで待つしかない。
その代わりと言ってはなんだけれど、今回はアメリカでヒットしているロマンティック・コメディ「クレイジー、ステューピット、ラブ(原題)」をご紹介。昨年6月、この映画の撮影現場をおじゃましているのだ。
実を言うと、「クレイジー、ステューピット、ラブ(原題)」のセット取材はあまり気乗りがしなかった。当時はこの作品のことはほとんど知られていなかったし(そもそもタイトルが未定だった)、「妻に離婚を突きつけられた平凡な中年男が(スティーブ・カレル)が、プレイボーイ(ライアン・ゴズリング)の助けを借りて再生する」というあらすじを聞かされてもピンとこなかった。でも、当時は暇だったし、車で行ける距離だったので、現場に向かうことにした。
場所はサンフェルナンド・バレーのターザナにある学校で、大量のエキストラとともに卒業式の場面が撮影されていた。撮影の合間を縫って、カレルやゴズリングをはじめ、ジュリアン・ムーア、エマ・ストーンといった出演者や監督(「フィリップ、きみを愛してる!」のグレン・フィカーラ&ジョン・レクア)に話を聞かせてもらった。キャストの誰もがダン・フォーゲルマンという脚本家が執筆した「クレイジー、ステューピット、ラブ(原題)」(当時は、「ダン・フォーゲルマンによるタイトル未定作品」というタイトルだった)のシナリオを絶賛していて、現場にいたフォーゲルマンさん自身もキャメロン・クロウ映画を目指したと説明していたので、期待を煽られたことを覚えている。
それから1年後、ようやく完成作を鑑賞することができた。ストーリーを簡単にまとめると、たしかに上記のあらすじの通りになる。でも実際には、夫婦の離婚危機をきっかけに、複数のラブストーリーが同時進行で描かれる複雑な構成になっていて、恋愛の滑稽さや痛み、素晴らしさが描き出されていく。「Crazy, Stupid, Love」という英語タイトルは、この映画のテーマをずばりと言い当てているのだ。ロマコメのパターンや一発ギャグに極力頼らず、状況やキャラクター描写のなかからじっくり笑いを生みだしていくところや、ハートがたっぷり詰めこまれているところは、たしかにキャメロン・クロウ作品と重なる。
脚本家ダン・フォーゲルマンの経歴を調べたら、「カーズ」シリーズや「ボルト」、「塔の上のラプンツェル」など、ピクサーとディズニーのアニメ映画の脚本を手がけていた人物だった。そう考えてみると、ストーリーの完成度はたしかにピクサー映画を思わせる。ピクサーはファミリー映画を専門にしているので、題材や表現がおのずと限られてしまうけれど、もしピクサーが大人を対象にしたロマンティック・コメディを作ることになったら、「クレイジー、ステューピット、ラブ(原題)」のような作品になるのではないかと思う。
とにかく、自分がセット見学をした作品がこうして素敵な映画に仕上がると、自分のことのように嬉しい気持ちになる。「The Dark Knight Rises」も期待通りの傑作になってくれることを祈っている。
「クレイジー、ステューピット、ラブ(原題)」は、11月19日から公開。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi