コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第142回

2011年7月13日更新

FROM HOLLYWOOD CAFE

第142回:テレビのネット視聴の理想型huluが売りに出された理由

米動画サイトhulu
米動画サイトhulu

米動画サイトのhuluが売却されようとしている。ぼく自身はhuluのヘビーユーザーというわけではないのだけれど、このニュースを聞いてとても残念に思った。テレビのネット視聴の理想型を追求したビジネスモデルが、頓挫してしまったことを意味しているからだ。

huluとは、ニューズ・コーポレーション、コムキャスト、ディズニーという3大複合メディア企業による合併事業で、3年前にスタートした。YouTubeの動画が玉石混交であるのに対し、huluの売りはスタジオやテレビ局が制作したプレミアムコンテンツのみを配信していることだ。しかも、課金制のiTunes StoreやAmazon Instant Videoとは異なりすべて無料だ。映画やドラマをテレビで見るのと同じように、動画再生中にCMが挿入される仕組みになっている。

あいにくコンテンツの数では、DVDレンタルからストリーミング事業に見事な転換を遂げたNetflixに軍配が上がる。でも、テレビ番組の新鮮さにおいてはhuluのほうが断然上で、全米放送の翌日には「glee」や「30 Rock/サーティー・ロック」といった人気番組をhuluで無料視聴できる(アメリカ国外からのアクセスは制限されている)。アメリカ4大ネットワークのうち、親会社がCBSを除く3つのネットワークを握っているから、かなりの番組を視聴できる。

しかし、huluの成功が、自らの首を絞めることになる。もともとメディア企業がhuluを立ち上げたのは、コンテンツ提供の正規ルートを設けることで、野放図に育つインターネットをコントロールすることにあった。彼らは、ケーブルテレビや衛星テレビの契約を切ってまで、huluに乗り換える視聴者が続出する事態に発展するとは想像していなかったのだ。そこで、彼らはhuluに圧力をかけることになる。コンテンツの有料化や、動画に挿入するCM本数の増加、コンテンツの公開時期の遅延など、huluに足かせをかけつつ、収益アップが期待できそうな案を提示する。しかし、ユーザー第一主義を貫く、元アマゾン重役のジェイソン・キラーCEOは首を縦に振らない。唯一の妥協案が、昨年発足した定額制プランhulu plusで、月7ドル99セントを支払えば、携帯デバイスなどパソコン以外での視聴を可能にするというものだった。すでにhulu plusの契約者数は100万人を超え、従来の広告以外の収益ルートを確保したhuluだが、親会社にしてみれば、雀の涙にも等しい。そこで、huluを売却しようということになったのだ。

GoogleやYahoo!、マイクロソフトなどが買収に名乗りをあげているというが、売却後もhuluがこれまでと同じサービスを提供できるとは考えづらい。なぜなら、huluの魅力は、同社が260社以上と結ぶコンテンツ契約にあり、メディア企業3社が撤退したあとでも、同様の契約が維持できるとは思えないからだ。

今年2月、キラーCEOは、huluのブログで「テレビの未来」と題した展開案を提示している。目先の利益ではなく、ユーザーの目線に立って今後の展開を考えようという建設的な内容で、それは、キャメロン・クロウ脚本、監督の「ザ・エージェント」の冒頭で、トム・クルーズ演じるスポーツエージェントが書き上げた声明文にも似た、理想主義に満ち溢れている。ぼくはその長文を読んで心を打たれたわけだけれど、そんな彼の気高い理想も、シビアな現実には太刀打ちできなかったようだ。

ちなみに、キラーCEOが書いたブログはこちらにある。メディア企業3社は無視したが、今後の動画配信を考える人にとっては彼のメッセージは役に立つかもしれない。

■ジェイソン・キラーCEOのブログ
http://blog.hulu.com/2011/02/02/stewart-colbert-and-hulus-thoughts-about-the-future-of-tv/

筆者紹介

小西未来のコラム

小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。

Twitter:@miraikonishi

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