コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第135回
2011年4月13日更新
第135回:iPadはジョン・ラセターのために作られた!?
アメリカでiPad 2が発売されてから1カ月が経過した。生産台数が少ないのか、予想をはるかに超える需要があるためか、あるいは東日本大震災の影響で部品調達が滞っているためか分からないけれど、いまだにiPad 2は入手困難だ。開店前に配られる整理券を手にいれるために、近所のアップルストアの前には朝から行列が出来ているほどである。
第2世代になっても相変わらずものすごい勢いで売れているiPadだが、みんなが何に使っているのかとても気になる。というのは、ぼく自身、前モデルを所有して1年が経過するけれど、iPhoneとラップトップを持ち歩いているせいか、iPadでなければ務まらない状況というのを見いだせずにいるからだ。せいぜい、移動時に映画やテレビを見たり、リビングで電子書籍を読んだり、あるいは台所でレシピを確認するために使っている程度である。
そんななか、おそらくiPadを世界中の誰よりも有効活用している人物に出会った。ピクサーのジョン・ラセターさんである。「カーズ2」の仕上げの真っ最中のラセターさんは、iPadがなければ「カーズ2」は実現不可能だったと断言するのだ。
ラセター流iPad活用術をご紹介する前に、彼を取り巻く環境を知っておいてもらったほうが良さそうだ。ラセターさんは06年の「カーズ」を最後に監督業を退き、ピクサーとウォルト・ディズニー・アニメーションという2社で「チーフ・クリエイティブ・オフィサー」として、企画選びから新人監督の育成までクリエイティブに関するすべてを取り仕切っている。さらにはディズニー・イマジニアリングというところで、ディズニーランドのアトラクション開発を行っており、とにかく多忙な毎日を過ごしているわけだ。
「カーズ2」はもともと別の監督を立てていたが、急遽ラセターさんが登板することになった。詳しい経緯は明かされていないが、ピクサーでは作品作りに行き詰まったとき、最終手段として監督の首を差し替えることがある(「トイ・ストーリー2」や「レミーのおいしいレストラン」、12年公開予定の「ブレイブ」で交代劇は起きている)。
問題はラセターさんがすでに超多忙であることだった。
ピクサーの映画監督はほんとうに忙しい。以前、監督のスケジュールを見せてもらったことがあるけれど、朝から晩まで分刻みで打ち合わせが組み込まれていた。制作に携わる全部署のオフィスを巡回しながら、進行中の作業を確認し、指示を出していく。こんな毎日が数年にわたってえんえんと続くのである。
あいにく今のラセターさんにはそんな余裕がない。ピンチを救ってくれたのが、iPadだったという。
3月下旬ピクサーを訪問したとき、ラセター監督は利用法をこう説明した。
「ぼくはソノマバレーに住んでいるので、毎日1時間の通勤時間がある。そこで、友達に毎日車で送ってもらうことにして、通勤時間を活用することにしたんだ。『カーズ2』のテクニカル・スーパーバイザーにReview Toolという専用アプリを開発してもらって、帰宅時にアシスタントから2台から4台のiPadを受け取る。iPadは部署ごとに分かれていて、それぞれスチールやビデオが入っている。ぼくは移動中にそれらを確認しながらiPhoneのボイスメモ機能を利用してコメントを録音する。その後、その音声ファイルを、各担当者にメールで送っていくんだよ」
iPadを活用したワークフローに変えてから、1時間の作業で3時間ぶんの成果が得られるようになったとラセターさんは言う。また、監督からの指示がメールで届くため、スタッフも自分のペースで仕事に打ち込むことができるようになったという。いまではピクサーの廊下を歩くと、あちこちの部屋からラセターさんの肉声が聞こえてくると言う。
ピクサーといえば、もともとはアップルのスティーブ・ジョブズが立ち上げた会社だ。もしかして、iPadはピクサーのために開発されたものなのかもしれない。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi