コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第126回
2010年6月15日更新
第126回:スティーブン・キング絶賛の長編小説「The Passage」とは?
新しい小説を探すときは、スティーブン・キングさんのおすすめを参考にすることにしている。キングさんは言わずと知れた大作家だが、熱心な読書家でもある。最新の文学事情に明るくないぼくにとって、キングさんのお眼鏡にかかった小説ならハズレの可能性は低いし、じっさいこれまで素晴らしい読書体験をさせてもらっている。とくに夏休みの読書向けに勧める本がぼくの好みで、彼が昨年夏に推薦したスパイ小説「The Tourist」(Olen Steinhauer著)や、犬の視点で語られる探偵小説「Dog On It 」(Spencer Quinn著)はいずれも大ヒットだった。
そんなキングさんがいま、「15ページで魅了され、30ページで虜になり、夜更かしする羽目になるだろう」と最大級の賛辞を送っているのが、「The Passage」(Justin Cronin著)という新刊小説である。
実はキングさんに勧められなくても、「The Passage」は知っていた。ビルボードや新聞広告などで大々的に宣伝されていているからだ。著者はベストセラー作家ではないし、「ハリー・ポッター」や「トワイライト」といった人気シリーズの最新刊というわけでもない。それなのに、この本がこれほど注目されるのには訳がある。
きっかけは07年に起きた出来事だった。著者のエージェントが「The Passage」の未完成原稿を各出版社に送ると、出版社間で争奪戦が勃発したのである。さらに、映画化権を巡ってソニーとワーナー、ユニバーサル、20世紀フォックスが争い、結局、フォックスが落札したという経緯がある(現在、リドリー・スコット監督が映画化の準備をしている)。
「The Passage」が映画スタジオを惹きつけたのは、壮大なスケールとエンターテイメント性だ。「The Passage」は800ページ近くもある大長編であるばかりか、3部作の第1巻にあたるのだ。
物語は、人類が滅亡の危機にある未来が舞台だ。核戦争や環境汚染、新種のウィルスなど、これまでさまざまな映画や小説、漫画で終末が描かれてきたが、「The Passage」がユニークなのは、バンパイアが原因という点だ。米国兵士を強化人間化しようというアメリカ政府の極秘計画が失敗し、実験に用いたウィルスが流出。感染した人々は飢餓衝動に突き動かされる不老不死の存在になり、アメリカ国民の大半が犠牲になってしまった、という設定である。主人公はウィルスに感染しながらも凶暴化しない謎の少女で、人類最後の希望とされる彼女の長い旅路が3部作にわたって描かれていくらしい。
実は、kindle版をダウンロード購入したばかりで、数十ページしか読んでいないのだけど、確かにぐいぐいと引き込まれる。「この本を読みはじめれば、日常は消え去るだろう」というキングさん言うとおりだ。おかげで、この夏も楽しく過ごせそうだ。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi