コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第79回

2025年7月7日更新

編集長コラム 映画って何だ?

ブライアン・イーノのキャリアのすべて。見る度に違うから、何度でも見たくなる

ドキュメンタリー「Eno」は、製作が発表されたときから非常に楽しみにしていた1本です。ブライアン・イーノは、個人的に、昔からとてもリスペクトしていたミュージシャンでした。

画像1

ティーンエイジャーの頃、デビッド・ボウイのベルリン3部作、とりわけ「Low」「Heroes」の2枚はアルバムジャケットを部屋に飾っていたほどのお気に入りでした。この3部作にプロデューサーとして参加していたのがブライアン・イーノですが、それ以前は「ロキシー・ミュージック」のメンバーだったり、キング・クリムゾンを解散したあとのロバート・フリップとアルバムをリリースしたりしています。UKロックの重要人物でありながら、プログレ界隈のタレントよりはちょっと派手で、かつ、にじみ出るようなインテリ臭を放っていたのがイーノでした。

画像2

私も含め、周りの音楽好きは、ブライアン・イーノのアルバムは発売されるたびに必ず購入していました。が、「ミュージック・フォー・エアポーツ」以降アンビエント系のリリースが続くと、脱落する者が続出します。だって、ロックじゃなくて「環境音楽」なんですよ。楽しくないし、聞いてて眠くなる。もう、イーノも卒業するかなってみんな思う。ところが、イーノが他のバンドをプロデュースしたヤツを聞くと考え直すことになる。トーキング・ヘッズの「リメイン・イン・ライト」やU2の「焰」(The Unforgettable Fire)はめちゃめちゃカッコ良くて、「さすがだなあ」ってなるんです。広い守備範囲と何でもできる、万能系かつ天才系のアーティストとしてリスペクトされていました。

画像3

なので、この「Eno」を見たら、自分の血となり肉となってきた音楽が、どうやって出来上がっていたのか大変よく分かったという貴重な体験でした。しかも、イーノがピンクのシャツを着て、カメラ目線でオーディエンスに向かって語るという、激レアなシークエンスも実に感慨深い。「ディスクリート・ミュージック」の話とか、フェラ・クティの話とか、「アナザー・グリーン・ワールド」の話とか。割と苦労していた時代の話とかもあって、「なるほど。イーノにもそういう時代があったのね」って、ちょっと嬉しくなりました。

画像4

しかもこの映画、世界初の「ジェネラティブ・ドキュメンタリー」とのことで、上映の度に違うバージョンが投影されるというではありませんか! 私が見たバージョンでも十分に興奮&感動したわけなのですが、関係者の方に聞いてみたところ「今日のは、前回上映したのと違っていました。今日のを見て、あの重要なシークエンスが映ってないのか?って驚きましたから」というリアクション。

さらに突っ込んで取材してみたら、「映画は全部で52京バージョン存在していて、お客さんが見られるのはその1バージョン」なんだとか。うーむ。全バージョンのコンプリートは絶対無理!

画像5

印象的だったのは、イーノは常に「自分はアーティストなんだ」と認識していて、商業的なミュージシャンとかプロデューサーという自覚はみじんもなく、その活動はもれなくアートであると断言していること。映画の中でも、インスタレーションでの展示作品に関するシークエンスがありました。正直、これまであまり知らなかったイーノの活動を再認識できました。

画像6

ただし、イーノの家族は一切出てきません。飼い猫がカメラの前を横切るシーンはありますが、(私が見たバージョンには)彼の妻や娘たちは一切登場しませんでした。また、食事のシーンもありません。つまり、プライベートを紹介するシークエンスは本編にはありません(……しかし、他のバージョンにはあるかも知れない)。

とにかく、一度見ただけではすべてを見たことにならないし、すべてを語る資格もない。そんな、イーノを知る者にとっては沼のような映画です。私も、公開されたら映画館であと1〜2回は見ようと思います。重複部分がどれぐらいあるのかも大変興味深い。

このジェネラティブにアウトプットして、見る度に映画の内容が変わる手法って、日本でよく見る「来場の度に違うオマケをプレゼントする」というリピート施策よりは、遙かにスマートな手法だよなあって思いながら、試写会の会場をあとにしました。7月11日公開。

筆者紹介

駒井尚文のコラム

駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。

Twitter:@komainaofumi

Amazonで今すぐ購入

映画ニュースアクセスランキング

本日

  1. 胸に巻く革新的ライダーベルト! 「仮面ライダーゼッツ」ティザービジュアル公開、映画にも登場へ

    1

    胸に巻く革新的ライダーベルト! 「仮面ライダーゼッツ」ティザービジュアル公開、映画にも登場へ

    2025年7月6日 09:30
  2. 第27回上海国際映画祭を振り返る――「夏の砂の上」が快挙、「国宝」関連イベントは映画祭の“財産”に【アジア映画コラム】

    2

    第27回上海国際映画祭を振り返る――「夏の砂の上」が快挙、「国宝」関連イベントは映画祭の“財産”に【アジア映画コラム】

    2025年7月6日 12:00
  3. 仲里依紗、「19番目のカルテ」で独立後初のドラマ出演 松本潤と12年ぶりの共演

    3

    仲里依紗、「19番目のカルテ」で独立後初のドラマ出演 松本潤と12年ぶりの共演

    2025年7月6日 10:00
  4. 「不滅のあなたへ Season3」内田彩、落合福嗣、沢城千春、古賀葵が再登板 フシの仲間が集うメインビジュアル公開

    4

    「不滅のあなたへ Season3」内田彩、落合福嗣、沢城千春、古賀葵が再登板 フシの仲間が集うメインビジュアル公開

    2025年7月6日 16:00
  5. ジョシュ・ハートネット&マッケンジー・デイビス、タイトル未定のNetflix新作に主演

    5

    ジョシュ・ハートネット&マッケンジー・デイビス、タイトル未定のNetflix新作に主演

    2025年7月6日 08:00

今週