コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第42回
2021年7月2日更新
ドキュメンタリーでありながら、ドラマとしてリメイク可能な逸品
私の母が今年83歳で、そろそろ介護施設に入ることを検討してもらおうかなと考えていたタイミングで、この映画「83歳のやさしいスパイ」を見ました。ですから、私にとっては格好のケーススタディ。「介護施設の中はどうなっているのか?」「どんな老人が暮らしているのか?」「スタッフたちは日々老人たちにどう接しているのか?」。映画を見ながら、施設に暮らす親をシミュレーションできる。
まず、ターゲットの女性(=ハラスメントの被害者)を特定するところからスタートし、老人たちやスタッフたちとコミュニケーションを重ね、ミッションに没頭していくプロセスは、多少のドキドキもありながら、周りがスローな人たちばかりなので、何だか安心して見ていられます。
そして、介護施設のリサーチという点でも大変参考になります。大人しい女性もいれば、おしゃべりが大好きでちょっと騒がしい人もいるし、かなり痴呆が進んでしまっている人もいる。だけど、そんなにカオスでもない。そもそも男性が少ないので、やさしいスパイ(というか、潜入エージェント)のセルヒオは、入所まもなくモテ始めます。そしてセルヒオは、施設に暮らす人たちの雰囲気を見事に変えました。驚くほどポジティブに変わった。
途中で気がついたのですが、この映画は、少し前に話題になった「SNS 少女たちの10日間」とまったく同じ構造のドキュメンタリーですね。まずはオーディション。続いて、アカウント開設(=入所)。そして、カメラの前で日々ミッション遂行。そこで起こる自身の感情の変化、自分が接する相手の感情の変化が描かれるという構造です。
どちらの映画も、制作者たちの想定を超える撮れ高になっているのは間違いなく、「83歳のやさしいスパイ」は、アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞候補にもなったほど。
本作は、ドキュメンタリーでありながら、ドラマ映画としてリメイクできそうな内容だと思います。しかも、世界各国でローカルリメイク可能。笑えるファミリー映画でありながら、高齢社会の問題や課題を浮き彫りにする、とても有意義な作品が作れそうです。日本でリメイクするとしたら、スパイのお爺ちゃん役は誰がいいかな? 施設で暮らす女性たちはあの人とこの人で決まりとか、俳優の顔を思い浮かべながら見るととても楽しいですよ。
劇場公開前の本作を、7月2日から4日までの3日間、シネマ映画.comにて独占でオンラインプレミア配信します。是非ご覧ください。
筆者紹介
駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。
Twitter:@komainaofumi