コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第4回
2018年10月23日更新
コスパ最高の映画「search サーチ」、監督は弱冠27歳のインド系
100%すべてPC画面の映像で展開する「search サーチ」という作品が公開を迎えますが、実はこの案件、私たちは今年の2月あたりから大注目していました。
そもそものきっかけは、今年のベルリン映画祭に出品された「Profile」という映画です。これは「ナイト・ウォッチ NOCHINOI DOZOR」や「ウォンテッド」などで知られるカザフスタンの怪人、ティムール・ベクマンベトフ(「サーチ」ではプロデュースを担当)が監督した作品。私は、3月にテキサスの「SXSW映画祭」で見たのですが、本編のほとんどがPC画面上で進行します。つまり「サーチ」の姉妹作品。
映画祭のティーチインでベクマンベトフが語るには、彼はこの手法を「スクリーンライフ」と名付け、新作を次々に製作しているんだと。「スクリーンライフ」とは「ジャンル」ではなくて「言語」なんだと。現代の人々はPCスクリーンの中に暮らしているも同然で、大事なイベントはすべてPC画面上で起きているんだと。
この考え方は、今を生きる若者たちにとって、非常に共感できる概念ではないでしょうか。
LINEで友だちや家族と会話したり、Twitterで好きなアイドルの近況をチェックしたり、Instagramで美味しそうなランチの店を探したりと、日々の重要なコミュニケーションや情報収集についてPCやスマホに依存している人たちの生活もまた、「スクリーンライフ」と呼べるものです。
話を戻しましょう。「Profile」は、ロンドン在住の女性ジャーナリストが、スクープ記事をものにしようとIS(イスラム国)に潜入取材を試みる話です。彼女は、「キリスト教からイスラム教に改宗した独身女性」という体でフェイスブックに偽アカウント(=Profile)を作成し、シリアにいるISの広報担当幹部にリーチしようとします。iMessageを使って同僚のイスラム系ジャーナリストのアドバイスを聞き、YouTubeでイスラム女性のヒジャブ(頭にかぶるスカーフ)の巻き方を学び、Skypeを使ってシリアにいるISの幹部と会話することに成功します。
そこから話は予期せぬ方向に転がっていくのですが、彼女の自宅や彼女が訪ねるホテルの部屋などを除けば、ストーリーのほとんどがPC画面上で展開していきます。監督の話によれば、この2人(女性ジャーナリストとISの幹部)は、リアルで対面する必要はないので、ロケーションはシリア(実際のロケ地はトルコ)とロンドンでそれぞれのクルーが撮影。ロケはわずか1週間で終了し、その後はひたすらデスクトップ作業で仕上げていく。画面上では、iMessageやSkypeなどのチャットツールが次々に起動するので、ベクマンベトフのチームは、それらを表現するために専用のソフトウェアも作ったんだとか。
こんな方法で作った第1作目のスクリーンライフ作品は、2016年の「アンフレンデッド」です。同作は、およそ1億円の製作費で64億円の興行収入を稼ぐことに成功しました。「ローバジェットで、今どきの若者に受ける映画を作れて、収益力も高い」。わずかな製作費で、ロケも短期間で、64倍のバリューを実現。これこそが、スクリーンライフの神髄です。「サーチ」にしても、製作費は明らかになっていませんが、恐らく「アンフレンデッド」と大して変わらないレベルのはず。それがすでに、北米だけで27億円の興行収入をあげています。
これから「search サーチ」をご覧になる方は、映画のロケ現場を想像しながら鑑賞してみてください。ストーリーのほとんどが、主人公の自宅とその周辺でしか進行しません。登場人物も極めて少人数。つまり、大規模なクルーも必要なければ、そのクルーのためのトランスポーテーションもアコモデーションも必要ない。当然、予算が少なくて済む。なのに、演出はサスペンス効果が高くてとってもリアル。まさに破壊的イノベーションです。チープ革命と言ってもいい。
一方、大規模ロケの代わりに必要になるものもあります。それは、主人公はじめ主要登場人物の、SNS用のプロフィール写真や、SNSへの投稿そのものです。「家族で誕生日のケーキを囲んでいる写真」「友人たちとキャンプに行ったときの写真」「ピアノの発表会で演奏している写真」などなど、映画には実に大量の「リア充写真」が必要になってきます。
「サーチ」のエンドロールを見ていて気がついたことには、シネマトグラファー(撮影監督)というクレジットに続いて、「バーチャル・シネマトグラファー」として2人のクルーがクレジットされていたことです。この2人が、デスクトップで展開する動画や静止画像を制作していたということで間違いないでしょう。「バーチャル撮影監督」が次のハリウッドの最重要クルーになるかもしれない。
それにしても驚かされるのは、監督アニーシュ・チャガンティがまだ27歳だということ(1991年生まれのインド系)。23歳の頃に作った、「グーグルグラスだけで撮影した2分半のショートフィルム」がYouTube上で話題になり、その後CM制作に2〜3年携わった後、この長編デビュー作をモノにしました。「サーチ」は、ミレニアル世代による、ミレニアル世代のための映画なんです。
次のスクリーンライフ作品も、ほどなく現れることでしょう。そろそろ、Aランクのスターがこのジャンルに登場するような予感がしています。
筆者紹介
駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。
Twitter:@komainaofumi