コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第18回

2019年8月26日更新

編集長コラム 映画って何だ?

ラブリーすぎるユダヤ人女性、90歳。職業はセックスカウンセラー

ハリウッドには、実にたくさんのユダヤ人がいます。ほんの数名だけ名前を挙げると、監督ではスティーブン・スピルバーグウッディ・アレン、故人ではスタンリー・キューブリックロバート・アルトマンもそうでした。俳優ではハリソン・フォードナタリー・ポートマンエマ・ストーンなんかもそうですね。とにかく、挙げればキリがないほど。そもそも、ワーナー・ブラザースやユニバーサルなど、ハリウッドの映画スタジオのほとんどを作ったのもユダヤ人なわけで。

ITの世界も同様です。フェイスブックを創業したマーク・ザッカーバーグがそうですし、グーグルの創業者であるラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンは2人ともユダヤ系。デル・コンピュータのマイケル・デルもそう。とにかく、ユダヤ人にはビリオネアがゴロゴロいます。

こうした偉大なユダヤ人、大成功したユダヤ人について研究するのは私のライフワークのひとつ。彼らのメンタリティーはどうなっているのか? 何故、そんなに大成功できるのか? ユダヤ人としてのアイデンティティーって何なのか?

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ここで紹介する「ドクター・ルース」こと、ルース・ウェストハイマーという女性もユダヤ人です。彼女は、映画業界に生きているわけではありませんが、ラジオやテレビなどのメディアを通して大成功を収めた人物。そして、私がこれまで名前も知らなかった凄い人物です。そんな彼女に密着した「おしえて!ドクター・ルース」というドキュメンタリーは強烈でした。ドクター・ルースが発散するエネルギーが凄まじすぎて、映画を見終わった後、何日経っても記憶が薄まらないのです。

それは、彼女が語っているテーマが、もっぱら「セックス」についてであることも要因のひとつです。

ドクター・ルースは、1980年代、深夜のラジオでセックスに関してあけっぴろげに語る「Sexually Speaking」という番組で一躍人気を得ます。深夜帯に始まった15分番組は、すぐに60分番組へと拡大。やがて、自分の名前がついたテレビ番組が生まれるという大出世ぶり。彼女は、全米中の人気者になっていきます。

番組はQ&A形式で、視聴者からの質問は「バイブレーターを使ってみたいんですが」とか、「始まると、すぐに射精してしまうんですがどうすれば?」とか、とてもダイレクトで際どいものが多い。ですが、ドクター・ルースはとてもエネルギッシュに、ポジティブに、時にウィットを交えてバンバン回答を繰り出します。

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話を最初に戻しましょう。私がこの映画を忘れられないのは、そのセックス問答が楽しいからではありません。ドクター・ルースの生い立ちが凄すぎて忘れられないんです。

ルースは1929年、ユダヤ人夫婦のもとドイツのフランクフルトで生まれました。奇しくも、アンネ・フランクと同じ年の生まれです。

39年、ルースが10歳の頃、両親の手配でひとりスイスへと疎開します。ナチスの迫害からユダヤ人の子どもたちを周辺国へ逃がす取り組みが行われていたのです。

自身はスイスで生き延びました。しかし、両親はアウシュビッツに移送され、そこから生還することはありませんでした。

第2次大戦後、17歳だった彼女はイスラエル建国前のパレスチナに渡り、ユダヤ人地下軍事組織のスナイパーとして第1次中東戦争に従軍します。

……スナイパーですよ!

その後、51年に最初の夫と一緒にパリに渡り、ソルボンヌ大学で心理学を学びます。この時22歳。

56年には2番目の夫とアメリカへ。この夫とも離婚するのですが、娘の親権を得るかわりに、所有していた自動車を夫に渡したそうです。

その後、コロンビア大学へ留学して3度目の結婚をし、2児をもうける。そう、結婚は3回している。

もうこの辺まででも十分凄いのに、例のセックス番組を始めたのは彼女が52歳のとき。ニューヨークのコーネル大学病院で、セラピストとして働いていた時のことだそうです。

常人ならば、3人分ぐらいの人生をひとりで生きている、そんな人物です。今年(2019年)、彼女は91歳の誕生日を迎えました。

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そういえば、今年は他にも「RBG 最高の85才」という映画がありましたよね。ルース・ベイダー・ギンズバーグという、85歳で現役という最高裁判事を追っかけたドキュメンタリーです。彼女もまた、大成功したユダヤ人女性。RBGもなかなかラブリーな女性でしたが、その点ではドクター・ルースも負けず劣らず。

映画の中に、ルースが語る非常に印象的なひと言がありました。

「私は人生の早い段階から、数々の決断を迫られてきた。だから女性も主導権を握って、自分と自らの性に責任を持つべきだと思うようになった」

そうなんですよ。ホロコーストの時代を生きたユダヤ人たちは、「生死を分ける決断」を、とても小さいころから何度も行ってきている。そうした決断に加えて、幸運にも恵まれないと生き延びられなかったのが、この時代にヨーロッパに暮らしたユダヤ人の宿命です。

アンネ・フランクの家族は、オランダへの移住を決断し、結果的にナチスに逮捕されてしまいました。ルースの両親は、娘をスイスに移し、自分たちはドイツに留まりました。そして自分たちは犠牲になったが、娘は無事に生き延びた。

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ホロコースト(の時代)を生き延びた女性が、いまニューヨークにいて、テレビ番組でセックスを語って大笑いを取っている。

人生って不思議です。

話し終わってケラケラケラと甲高い声で笑う、彼女の能天気なトークが強い印象を残しますが、実は、修羅場をいくつも経験したユダヤ人女性の尋常ならざる「メンタルの強さ」、そして「決断力の速さと凄さ」がにじみ出ている一本です。自身の人生はもちろん、自分の両親や祖父母の人生について、いろいろ考えさせられました。8月30日公開。

筆者紹介

駒井尚文のコラム

駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。

Twitter:@komainaofumi

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