コラム:細野真宏の試写室日記 - 第4回
2018年4月18日更新
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
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第4回 「リズと青い鳥」京都アニメーション作品の持つポテンシャルは?
2018年4月9日@松竹試写室
「名探偵コナン ゼロの執行人」は、週末興行収入が期待通りコナンシリーズ過去最高の12億9600万円を記録しましたが、注目すべきは、「コナン」公開日の2018年4月13日から、配給元の東宝が洋画にそろえる形で、初日をこれまでの土曜日から金曜日に移したことでした。
日本では「週末動員ランキング」は土曜と日曜が対象になっています。
そのため、金曜から公開すると、ランキング対象の土日の観客数は(これまで土日に見ていた人が金曜に見る場合が出るため)通常よりも下がることが起こり得たのです。
ところが、「コナン」はそうなりませんでした。
これは第3回の「相棒×コナン」や「大人向けコナン」といった要素が象徴するように、作品が新たなフェーズに入ったことで新しい観客層が加わったり、完成度が高いためリピーターがいつもよりも増えているのでは? と推測されます。
「名探偵コナン ゼロの執行人」がすでに今年の邦画の年間最高の興行収入を記録する可能性も出てきていることや、18年4月14日、15日の動員ランキングのベスト5中、4作品がアニメーション映画となっていたりと、日本の映画業界においてアニメーション映画の存在感はどんどん高まっています。
さて、そんな傾向がある中で見逃せないのは、特にアニメーション作品には、小規模公開ながら大作映画とそれほど変わらないヒットを生み出す力もあることです。
これは経済的な意味も大きく、もしも小規模公開の場合で大作映画並みのヒットになると、それを上映している(数少ない)映画館にとっては、1スクリーン当たりの観客が大幅に増えることになるので非常に有難い存在になるわけです。
例えば「映画 聲の形」という、知る人ぞ知るようなアニメーション映画があります。
11年12月公開の「映画 けいおん!」なら知っている人も多いかと思いますが、「けいおん!」の場合は一種の社会現象化が起き、137館程度の小規模公開でありながら、興行収入が19億円という記録を出しました。
「けいおん!」の場合は、アニメが地上波で放送されていて、その流れの映画化であったためヒットも納得でしたが、「聲の形」は(原作マンガを知らない人には)、「けいおん!」の監督・脚本家コンビの作品であり、作るのが同じ京都アニメーションくらいしか「訴求要素の少ない作品」ではあったのです。
(この「聲の形」は見てみればわかるように、実際には名作なのです)
ところが、その「聲の形」が16年9月17日に公開されると、「うれしい誤算」が生まれてくれたのです!
120館程度の小規模公開にも関わらず、オープニング2日間で動員20万人、興行収入2億8300万円を記録し「映画 けいおん!」の興収比89.5%という結果を出してくれました。
これは、京都アニメーションの作品性に対する認知度が上がってきたものだと思われます。
その後も口コミ等で落ちない興業を続けてくれて、最終的には「映画 けいおん!」も超える興行収入23億円突破という快挙を成し遂げたのです。
そんな背景のなか、今週末に公開されるのが、「聲の形」のメインスタッフ(監督は山田尚子、脚本は吉田玲子、キャラクターデザインは西屋太志、音楽は牛尾憲輔)が再結集した「リズと青い鳥」なのです。
これも、見てみればわかりますが名作です。
ただ、公開規模が73館ということからもわかるかもしれませんが、「聲の形」とは違って、少しテーマが伝わりにくい面がある気がします。
そこで、ネタバレをしないレベルで、「リズと青い鳥」の良さの解説をします。
まず、高校3年生の「みぞれ」と「希美」という吹奏楽部に所属する主人公2人を軸に物語は構成されています。
心の奥底では「わかり合いたい」し、実際にお互いの考えはほとんど同じであったとしても、ほんの少し「思考速度」や「話すテンポ」が違うだけで、意思疎通がうまくいかずに距離が生まれてしまいます。
そんな「誰しもが抱える繊細な心の葛藤」をこの作品は、実に丁寧に描き出しています。
また、吹奏楽部というのも、この「心の葛藤」を表現するには絶好の舞台なのです。
音楽の世界では「不協和音」という言葉があるように、ほんの少しのズレが全体の調和を乱してしまいます。
つまり、「心」という見えにくいものを、音の世界では、感じやすく「視覚化」することができるわけです。
さらに「リズと青い鳥」という(架空の)童話を用いて「主人公2人の立ち位置」を明確にする手法は斬新だし見事だと思います。
とは言え、こういう日常の一コマを90分の映画として丁寧に描き出し、それが大勢の人に届くのか、というと、大多数の人が求めるのが娯楽的なスケールの大きな作品だとすると、厳しいのかもしれません。
ただ、届く人には届くはずです。
「日常の一コマ」は小さな世界に見えるかもしれませんが、主人公の2人だけの世界ではなく、その周辺の人達との関係性も同時進行していき、そのやりとりには「けいおん!」のようなコミカルなシーンもあったりして、エンターテインメント作品としても成立しているのです。
「聲の形」よりも作画のクオリティーは上がっています。
見る前には、以下の「1分予告編」を見てからがいいでしょう。
予告編というのはあくまで広告ツールなので、作品によっては「実際と違う」こともたまにありますが、この作品については「まさにこういう話!」というのを的確に1分でまとめてくれています。
これで全体像を把握しながら見れば良さが、より伝わりやすくなると思います。
公開規模を踏まえると興行収入は3億円もいけば合格なのかもしれませんが、今後の映画業界をけん引するかもしれない京都アニメーションというスタジオのハーモニーがどこまで響くのか注目です。
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
発売以来15年連続で完売を記録している『家計ノート2025』(小学館)がバージョンアップし遂に発売! 2025年版では「全世代の年金額を初公開し、老後資金問題」を徹底解説!
Twitter:@masahi_hosono