コラム:細野真宏の試写室日記 - 第145回
2021年10月27日更新
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
試写室日記 第145回 「老後の資金がありません!」と「そして、バトンは渡された」の共通点は?
今週末は、邦画実写で大型作品が2本「老後の資金がありません!」と「そして、バトンは渡された」が公開されます。
実は、この2作品には、大きな共通点があるのです。
まず、1つ目は、テレビ局が幹事会社の映画となっている点。
「老後の資金がありません!」はTBS、「そして、バトンは渡された」は日本テレビとなっています。
そして、これは非常に異例な状況なのですが、両作品ともに前田哲監督がメガホンをとっています。
ただ、前田哲監督については、それほどメジャーではないと思われるので、これまでの軌跡を簡単に確認しておきます。
初めてメジャー作品を手掛けたのは、2006年の「陽気なギャングが地球を回す」。伊坂幸太郎の原作小説を映画化した作品で、配給会社は大手の松竹でした。
大沢たかお、佐藤浩市、松田翔太、鈴木京香という豪華キャストで、少しスタイリッシュな映像もあり独自性を出していましたが、興行的には厳しい結果となっています。
2007年の「ドルフィンブルー フジ、もういちど宙(そら)へ」も同様に松竹配給作品。松山ケンイチ×高畑充希の作品となっており、“高畑充希の映画デビュー作”という意味合いがありましたが、この作品については、それほど光る物を感じることができず、興行的にも残念な結果になっています。
2008年の「ブタがいた教室」は、配給会社が日活に。妻夫木聡が主演の、賛否両論を巻き起こした実話をベースに作られた作品ですが、こちらは興行的な問題はさておき、割と堅実な良い作品だったと思っています。実際に、第21回東京国際映画祭「コンペティション部門 観客賞」を獲得したり、製作委員会には入っていない日本テレビの「金曜ロードショー」でも放送されたので、世間的にも評価を受けた作品だと思います。
ただ、2010年の「猿ロック THE MOVIE」あたりから、やや私の中では疑問符が付き始めます。こちらは連ドラの映画化で日本テレビが製作委員会に入っていましたが、正直なところ評価できる点は乏しく、「金曜ロードショー」での放送もありませんでした。
そして、しばらく迷走時期があったように感じていましたが、2018年の「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」で突然、迷いがなくなったのかもしれません。
大泉洋×高畑充希×三浦春馬により実話をベースに作られた作品で、配給も松竹に戻りました。そして、日本テレビが松竹と一緒に幹事会社を務め、実際に出来も良かったので興行収入は11.4億円と、前田哲監督作品で初めての大ヒット作となったのです!
当然、「金曜ロードSHOW!」でも放送されています。
この「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」で、前田哲監督作品の持ち味の良さは「笑いと感動」という、オーソドックスではありますが映画としては非常に大事なポイントであることを証明し、業界内の評価が上がる結果となりました。
以上の流れで、「老後の資金がありません!」と「そして、バトンは渡された」の大作映画を任されるまでになったと思われます。
まず、「老後の資金がありません!」は、新型コロナウイルスが流行する前に撮影は終わり、当初は2020年9月18日公開予定だったのですが、公開延期となり、その後、今週末(2021年10月30日)公開となったのです。
本作は、撮影時期からも分かるように、まさに2019年に大いにメディアや政治家によってニュースを騒がせた、いわゆる「老後2000万円問題」が映画の企画につながったのだと思われます。
実際に、映画の冒頭では、実在の評論家が「国は『老後2000万円が必要だ』と言っていますが、これには医療費や介護費は入っていません! 本当に必要なのは4000万円です」といった持論を展開しています。
ただ、これには、いくつか根本的な勘違いがあって、実は、そもそも国は「老後に2000万円が必要になる」とは言っていないのです。
しかも、この「老後2000万円問題」の試算には、医療費や介護費などもすべてキチンと入っているものなのです。
【この辺りを今週10月28日発売の『女性セブン』の合併号で4Pにわたり、かなり詳しく背景等を解説しているので、興味のある方は読んでみてください】
さて、「老後の資金がありません!」の映画自体は、お金の相場などを考える教材としても非常に意義深い良い作品に仕上がっています。
例えば、親の「葬式代」「香典代」など、多くの人たちは「お金の相場」を知りません。
そのため、天海祐希が扮する、少し贅沢なバッグが欲しいだけの主婦が、気が付けば家計は火の車になっていく状態などをテンポ良くコミカルに描かれています。
様々なお金の出来事を考えさせられ、「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」のように“笑って泣ける”、「マネー・エンターテインメント映画」という意欲的な作品になっているのです。
ただ、やはり「コメディ」というのは、高度な笑いのセンスが要求され、まだ監督自身も発展途上な面があるので、そこは温かい目で見てほしいです。
個人的には、主人公が修羅場を経験しながらも、だんだん成長していき評論家のことも疑えるレベルにまで達しているのは、とても良いと感じました。
次に、「そして、バトンは渡された」ですが、こちらは、コメディ要素はなく、泣ける映画の方に舵をきっている作品です。
永野芽郁×田中圭×石原さとみによる本屋大賞受賞作の実写化で、不思議な家族模様を描いています。
最初に、みぃたん、優子、梨花の紹介から始まります。そして、全体として様々な伏線がはられていて、終盤につながっていく、という構成です。
こちらの作品も、やはり前田哲監督作品らしさがありました。
本作は「手紙」が重要なキーワードとなっている作品ですが、個人的には「日本とブラジルなら電話やメールでもつながるのでは?」といった疑問だけは払しょくできませんでした。
とは言え、そこまで深く考えずに、伏線が回収されていく結末を重視して見ると、「泣ける映画」になっていると思われます。
このように、新型コロナウイルスの影響によって、大型の邦画実写作品において、同じ週末に同監督作品が公開されるという凄い偶然が生まれた興味深い結果となっているのです。
そのため舞台挨拶等の関係か、「そして、バトンは渡された」は通常の29日(金)に公開され、「老後の資金がありません!」は30日(土)に公開となります。
この2作品の結果によって、前田哲監督作品の注目度が変わってくるはずなので、どちらの作品も大いに注目したいと思います。
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
発売以来15年連続で完売を記録している『家計ノート2025』(小学館)がバージョンアップし遂に発売! 2025年版では「全世代の年金額を初公開し、老後資金問題」を徹底解説!
Twitter:@masahi_hosono