コラム:ニューヨークEXPRESS - 第8回

2021年11月29日更新

ニューヨークEXPRESS

ニューヨークで注目されている映画とは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。


第8回:タイのタムルアン洞窟遭難事故で何が起きていたのか? 「フリーソロ」監督夫妻が迫った救助活動の真実

ドキュメンタリー映画「The Rescue(原題)」
ドキュメンタリー映画「The Rescue(原題)」

2018年に起こった「タムルアン洞窟の遭難事故」を覚えているだろうか。

同年6月23日、タイ北部のタムルアン洞窟で、地元サッカーチーム「ムーパ・アカデミー」のコーチ1人と少年12名が遭難。7月10日までに13人全員が救出されたが、救助にあたった元海軍特殊部隊のダイバー1名が亡くなっている。

今回は、この救助活動に関わった人々の姿をとらえたドキュメンタリー映画「The Rescue(原題)」を紹介。共同監督を務めたジミー・チンエリザベス・チャイ・バサルヘリィが、同作への思いを語ってくれた。

本作は「タムルアン洞窟の遭難事故」を、タイの特殊部隊、現地の人々や家族、実際に救出活動に参加したダイバーたちの視点でとらえつつ、カメラが入ることを許されなかった救出活動の模様も再現。夫妻でもあるチン&バサルヘリィは、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した「フリーソロ」、山岳ドキュメンタリー「MERU メルー」でも知られている。

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製作のきっかけとなったのは、コロナ禍において、世界全体が「感染者数を減らす」「ワクチンの普及」といった共通のゴールを目指していたこと。そんな光景が、2018年の救出劇に重なったようだ。

バサルヘリィ監督「今から過去の3年間は、(トランプ政権、コロナ禍の影響で)世界的にも大変でしたし、忘れたいと思うほどの状況でした。そんな時、異なる言語、異なる宗教心を持った世界中のさまざまな人々が、タイに集い、全く知らない人たちを救出するという“不可能とも思える出来事”を成し遂げた“タムルアン洞窟での出来事”を思い出したんです。コロナによるパンデミックを迎えた時、その救出劇から感じとったものが、一層心に訴えかけてくるようになりました。それは、絶対的な道徳心に基づいたものです。つまり『もし、絶対的な道徳心を持つことができたとしたら、見ず知らずの子どもを救うことができるか?』ということ。仮に、自分が全てを失う恐れがあったとしても、そのように行動できるのかということを考えました」

登山家でもあるチン監督は「フリーソロ」「MERU メルー」では高い山脈に命懸けで挑戦してきた。そんなチン監督によれば、タムルアン洞窟の救出活動に参加した“洞窟ダイバー”(「Cave Diver」と呼ばれている)には、登山家と共通するものを感じるという。

チン監督「「洞窟ダイビングは、過激で、非常に危険な要素もはらんでいます。イチかバチかの分野でもあるため、登山家と多くの類似点を感じていました。僕は、これまで登山家として過酷な場所で仕事をしてきました。それをこなすためには、いくつかの規律がありますし、最も危険なことが“ソロで登山をすること”なんです。それを実行するには、特殊な能力が要求されます。もちろんその仕事を愛するだけでなく、未知を恐れず、リスク管理と(現状を把握する)高度な計算力が必要なんです。さらに、深い探究心も持ち合わせていなければいけません。なぜなら、誰も訪れたことがない場所で、誰もやったことがないことをするわけだから。そういうことに、自分の命を捧げなければいけないんです」

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「タムルアン洞窟の遭難事故」では、メディアが洞窟に入ることは許されていなかった。そのため「The Rescue(原題)」では、救出劇の再現映像、ニュース映像、新たに撮影した映像を織り交ぜている。

バサルヘリィ監督「ニュース映像の大半は、洞窟から離れた場所で撮影されたものでした。しかし、私たちが気になったのは『洞窟内で何が起きていたか』ということ。そのため、再現を行う必要があり、(ダイバーが潜った)水中で起こっていた出来事も示す必要があったんです。ダイバーたちは、自分たちの行動を正確に示してくれました。彼らにとっては、デモンストレーションをしているような感覚だったと思います」

そのデモンストレーションからわかったのは、体力的に泳ぐ力がなかった少年たちへの措置だ。パニック状態に陥らないように、事前に精神安定剤を投与。暴れて溺れる危険性を回避すべく、ダイバーは少年たちの手足を縛り、ボンベによる酸素吸入を行いながら、引っ張り出すような形で救出活動を行っていた。

バサルヘリィ監督「少年たちの手を背中の後ろで縛り、さらに足も縛った――さらに、ダイバーたちは、彼らの頭を水中に押し込んでまで、狭い洞窟の穴を抜けようとしていたんです。そのことを彼らのデモンストレーションで知るまでは、母として、映画製作者として、あの救出劇がそれほどのことだったと理解できてはいませんでした」

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再現シーンの撮影は、英国のスタジオで行われた。特に「水中でのシーンが困難だった」というチン監督。ジミーが話してくれた。なお、本作には世界中のニュースでは放送されていない、タイのネイビーシールズが撮影した映像が含まれており、当時の状況が克明に描出されている。

洞窟ダイバーたちが、少年たちやコーチを見つけたのは、遭難から10日後のことだった。その間、少年たちとコーチは、どのような方法で生き延びていたのだろう。

チン監督「彼らは食べ物を何も持っていなかったそうです。ただし、隆起した洞窟から流れる水を飲むことはできました。それと、これは僕も登山中に経験したことがあるんですが、イライラしていたり、動揺したりすると、余計にカロリーを消費することになります。それは仮に体を動かしていなくても同様です。おそらく現場にいたコーチが、少年たちに瞑想をさせ、心拍数を下げ、不安を和らげながら、エネルギーの消費を抑えていたと推測しています。人間は食べ物や水がなくても、実はかなり長く生きることができるんです」

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当時、メディアでは、このような指摘があった。それは「洞窟ダイバーが、コーチや少年たちを死なせてしまった場合、タイの司法制度で裁かれる可能性がある」というもの。だが、バサルヘリィ監督は「ダイバーたちが、仮に子どもたちを死なせてしまったとしても、その責任を負わせるのは不可能なことです」と断言。「おそらく、少年たちやコーチの命に関する責任は、タイの上役の人にもあったと思います。タイの司法制度で裁かれる――これは、あくまで世間の人々の意見が世界中に拡散したものです。あくまで“ひとつの危険性”としてとらえられたものだと思います。そして、タイの司法制度で裁かれる可能性があるとすれば、その対象は洞窟ダイバーだけではなく、この救出に関わった全ての人に言えることでしょう」と語った。

最後に尋ねてみたのは、本作を通じて観客に理解して欲しいこと。バサルヘリィ監督は、このように答えてくれた。

バサルヘリィ監督「まずは、洞窟ダイバーたちの絶対的な道徳心を尊重し、賞賛して欲しいと思っています。知人でもない人々を、命を顧みずに助けることこそが、人としての全てなんです。そして『人間の生命の価値とは何か?』。それは、自分たちなりのアイデアとして感じとって欲しいと思っています」

筆者紹介

細木信宏のコラム

細木信宏(ほそき・のぶひろ)。アメリカで映画を学ぶことを決意し渡米。フィルムスクールを卒業した後、テレビ東京ニューヨーク支社の番組「モーニングサテライト」のアシスタントとして働く。だが映画への想いが諦めきれず、アメリカ国内のプレス枠で現地の人々と共に15年間取材をしながら、日本の映画サイトに記事を寄稿している。またアメリカの友人とともに、英語の映画サイト「Cinema Daily US」(https://cinemadailyus.com)を立ち上げた。

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