コラム:ニューヨークEXPRESS - 第35回
2024年4月2日更新
ニューヨークで注目されている映画とは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。
「スタートレック」カーク船長役のウィリアム・シャトナー、自身のキャリア&リアル“宇宙旅行”の思い出を語る
「スタートレック」シリーズでジェームズ・T・カーク船長役、「ボストン・リーガル」のデニー・クレイン役で知られる名優ウィリアム・シャトナーを題材としたドキュメンタリー映画「You Can Call Me Bill」が完成し、ニューヨークのリンカーン・センターでプレミア上映が行われた。当日は、シャトナー自身が登壇し、長いキャリアへの想いを吐露していた。彼は一体何を語ったのか――今回は、その内容をお届けしよう。
俳優だけでなく、ラジオのDJ、SF作家など、様々な分野で才能を発揮してきたシャトナー。本作は、映画、テレビ、芸術など、70年以上のキャリアにおけるさまざまな業績と貢献、長い旅路の本質をとらえた作品だ。なお、世界初のファン所有のエンターテインメント会社「Legion M」によるクラウドファンディング「Fna-First-Financing」で資金が集められ製作された映画でもある。
同作は、プレミア上映後、ロンドン映画祭、カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭などにも出品。監督は、映画「ピープルVSジョージ・ルーカス」のアレクサンドル・O・フィリップが担当している。
俳優になっていなかったら、どんな仕事をしていたのか――そんな質問に、シャトナーはこう答えた。
「わからないなぁ、私自身はそれほど体が大きいわけでもなかったので、(アメリカン・)フットボール選手にはなれなかったし、足が速いわけでもない。(身体的に)強くもなく、頭が良いわけではなかった。先生とか……実は、ドキュメンタリーの監督になりたかったんだ。真実を探索することに魅力を感じる。おそらくドキュメンタリーの監督になっていたかもしれない」
1969年、3シーズンを終えた「スタートレック」は一度打ち切りに。シャトナーは金銭的な余裕がなくなり、東海岸でサマー・ストック・シアターを行っていた。その時点で“俳優業の終わり”を実感していたのだろうか。
「お金がなくなって、トラックに寝泊まりしながら、お金を貯めて、ビバリーヒルズに住む元妻と3人の子どもを養っていたことがある。そんな状況が続くのであれば『トロントに戻って俳優として生計を立てられれば良い』と考えていた。セールスマンにならなければいけないとは思ったことがなかった。実は6歳の頃から、俳優以外の仕事をしようとは思わなかった。私の周りでよく耳にするのは『もう役者では食べていけない』ということ。これは残念だが、真実だ。有名な人でも生計を立てることが難しいことがあるからね」
「スタートレック」の生みの親であるジーン・ロッデンベリーは、自分の番組にふさわしいものについて、厳格なルールを設けていたようだ。
「彼はかつて軍隊にいて、警察官でもあったから『仲間の兵士といちゃつくな』という軍国主義的な考え方があった。(それなりに)厳格なルールがあって、それを守っていた。脚本家たちは、そんな中でドラマを描かなければいけなかった。そんな厳格な規律が『これが船内(宇宙船)のやり方』になっていた。でも『スタートレック』が進むにつれて、その精神は忘れ去られてしまった。私は時々『ジーンが墓の中をぐるぐる歩き回っていると思う』と笑って話すことがあるんだ。彼は『ダメダメ、女性兵士とのイチャイチャはダメだよ!』と言っているはずだ(笑)」
TVシリーズ「新スタートレック」(英題「Star Trek :The Next Generation」)の脚本家たちは、ジーンが存命中に対立していたそうだ。
「私の理解しているところでは対立は大きなものだった。というのも、脚本家たちにとっては、要求が困難な内容だった。もっとネタが必要だとか、宇宙船内で起きることばかりだったので『ここから出るべきだ、閉所恐怖症になりそうだ』とかね」
70年代「ボストン・リーガル」のデニー・クレーン役で評価されることになるが、どのような経緯でこの役を演じることになったのだろう。
「ある日、(プロデューサーの)デヴィッド・E・ケリーに朝食に誘われたんだ。彼が『こんなキャラクターを描いたんだ、ちょっと年配だけれど……』というので、私は『演じられるよ』と言ったんだ。脚本の中には、デニー・クレーンが自分の名前を連呼するシーン(=相手の反応を伺うため)があった。どうやってそれを演じるのか、どのように理解して演じればいいのか。デヴィッドからは何の説明もなかった。私は、蛇が舌を出す理由(=舌を用いて臭いを嗅いでいる)をどこかで学んだんだ。周りにあるものを見極める――つまり、デニー・クレーンがやっていることはそういうことだと思った。何度も自身の名前を言うことで、相手の反応を読み取っているんだ」
2021年、アマゾンの設立者であるジェフ・ベゾス氏が立ちあげた航空宇宙企業「ブルーオリジン」の民間宇宙船に搭乗し、史上最高齢の宇宙旅行者となった。着陸の際、ベゾス氏との感動的なやりとりがあったが、シャトナー自身はそれをどう受け止めていたのか。
「(あれは)自分でもわからなくて、抑えきれずに泣いていた。地球に何が起こっているのかという恐怖を感じ、地球がいかに小さいのかということもわかった。“あの瞬間”に見たんだ。岩(=地球)と薄い空気だけがあった。岩(地球)と2マイルの空気だ。それが全てなのに、私たちはそれを(自然破壊や地球温暖化で)台無しにしている。そんな、劇的な瞬間を見たからだったと思う」
俳優業は「他では得られない愛を見つけるための手段だ」と語る人もいるが、シャトナーもその意見には同意しているようで「私は若い頃、とても孤独な人生を過ごしていた。キャストの一員となり、集団の一員となることができたことは、私が若い頃に俳優を始めた一要素であったと確信している」と告白。また、長いキャリアを通して“若い時に知っておけば良かったこと”については「歳をとることで学ぶことだが、人生は早く終わってしまうことだ」と答え、長年、第一線でさまざまなことに挑戦し、活躍してきた彼だからこそ、今できることを全力でやれと我々へのメッセージを残してくれたように思えた。
筆者紹介
細木信宏(ほそき・のぶひろ)。アメリカで映画を学ぶことを決意し渡米。フィルムスクールを卒業した後、テレビ東京ニューヨーク支社の番組「モーニングサテライト」のアシスタントとして働く。だが映画への想いが諦めきれず、アメリカ国内のプレス枠で現地の人々と共に15年間取材をしながら、日本の映画サイトに記事を寄稿している。またアメリカの友人とともに、英語の映画サイト「Cinema Daily US」を立ち上げた。
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