コラム:ニューヨークEXPRESS - 第3回

2021年6月21日更新

ニューヨークEXPRESS

ニューヨークで注目されている映画とは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。


第3回:新型コロナ感染拡大への対応に揺れた中国とアメリカ 「一人っ子の国」監督が見た光景とは?

ドキュメンタリー映画「In The Same Breath(原題)」
ドキュメンタリー映画「In The Same Breath(原題)」

中国で行われた“一人っ子政策”の実態を掘り下げたドキュメンタリー「一人っ子の国」で、高い評価を受けたナンフー・ワン監督。そんな彼女の新作となったのが「In The Same Breath(原題)」。中国における新型コロナウイルスへの対応の実態を暴露している。

2019年12月、中国・武漢から始まった新型コロナウイルス感染拡大。同作は、中国の一般市民のSNSでの反応、中国政府と病院の対応、家族を失った人たちを活写。さらにコロナの脅威を過小評価したことで対応が遅れ、未曾有の死者、感染者を出すことになったアメリカにも視点を向けた問題作だ。

ワン監督は、ニューヨークのリンカーン・センターで行われたHuman Right Watchのイベントに登壇。今回は、そこで語られた作品への思いを紹介させていただこう。

中国からアメリカに移住したワン監督は、本作の完成間近に「私は世界に対して、今まで以上に悲観的になっていました」という。その一端となったのが、これまで信頼してきたアメリカのパンデミックへの対応。さらに、もうひとつの大きな原因があったそうだ。

「世界が中国の対応にどのように反応し、そして、中国人が中国政府の対応をどう評価したかでした。もしも中国人が中国政府に対して、新型コロナウイルスを巡る透明性の欠如、その結果を受けて“目が覚めていた”なら――これは去年の1、2月に語られるべきことだったと思います。でも、それは起こらなかった。それだけではなく、むしろ逆のことが起きてしまった。(武漢などでの感染をすぐに収束させたことで)人々の政府に対する信頼が強まることになってしまった。中国人だけでなく、多くの欧米の皮肉屋さえ、誤った情報を信じ込むことになってしまった」

2020年は、新型コロナウイルスの発生を意識する体験を2度したそうだ。

「最初に意識したのは、中国の旧正月(1月25日~2月8日)でした。植え付けられた先入観かもしれませんが、中国には検閲があるため、政府が人々に伝えていることと、実際に起きていることでは矛盾することが頻繁にあります。この点に関しては、さほど驚いてはいませんでした。中国で働いていた過去の経験から理解できることでもあったんです」

「私がむしろ衝撃的だったのは、3月にアメリカへ戻った時のこと。自身のアメリカへの偏見と向き合わなければいけないと考えた時でした。3月からのアメリカの対応は、中国に責任を押しつけ、コロナへの対応が遅れています。中国が武漢を2~3カ月で閉鎖し、いわば“通常の状態”へと戻したにもかかわらず、その後のアメリカの状況(感染者数、死者数が、世界中で1番多かった時期)を見ると残念で仕方がありません。アメリカにとっては、失われた人々以外にも“中国との関係が悪くなった”という悲劇が見舞ったんです。一方、中国政府は検閲を通じて嘘をついていましたが、武漢での感染が収束したことで、そのことが問題にならなくなった。このこと自体が、さらなる問題でもありました」

「今作を製作するうえでの苦労。それは、アメリカでは言論の自由と豊富な情報へのアクセスが可能なのに、新型コロナウイルスの真相に簡単に近づけなかったことが問題でした」。ワン監督は、アメリカのトランプ政権下の偽情報に困惑させられ、真実を掴むのに困難を要したようだ。

「言論の自由というものがあれば、人々がより真実に近づけるという意味ではないことを思い知らされたんです。理想としてはその情報が真実であるべきでしたが……それらが真実ではなかったということを、私も、アメリカ人も(トランプ政権下で)見てきました。もっと驚かされたのは、それ(=トランプ政権の偽情報)を真実だと思い込んでいる人々がたくさんいるということ。情報を支配する人(=提供者)、情報を受け取る人の違いについて考えさせられました。その区別化を図ることが、本作では重要だと思ったんです」

ナンフー・ワン
ナンフー・ワン

ワン監督といえば、中国の小学校校長、政府職員が小学生6人をレイプした事件に対して、抗議活動を展開した活動家グループに追うドキュメンタリー「Hooligan Sparrow(原題)」を発表。「In the Same Breath(原題)」の撮影では、これまで以上に、中国の厳しい監視と検閲があると体感していた。

「世間の注目を集めていた中国政府は、あらゆる方策を立てて、新型コロナウイルスに関する情報を制御しようとしていました。報じられたり、人々の目に触れないように、中国政府の立場として守っていたわけです。そのことが、最も撮影を困難にさせていました。『Hooligan Sparrow(原題)』の撮影を行ったのは、2013年のことです。その時は、道端で抗議活動を行っていても大丈夫でした。しかし、当時活動に参加していた大半の人々は、(その後、同様の抗議を行ったことで)刑務所に入ったり、あるいは、今でも収容されている方々ばかり。そして『一人っ子の国』の撮影時、私のドライバーだった方は、現在刑務所に入っています。まったく“クレイジーな出来事”です。この言葉以外で、これらの状況をどのように説明していいのか、私にはわかりません。彼らがしたことは、抗議や政府への反対運動だけ。犯罪者として逮捕されるようなことは、何もしていません。彼らは刑務所にいるのに『逮捕する理由がない』などということはあり得ないことです」

撮影中、最も辛かったこと――それは、家族を失った人々へのインタビュー、そして、その素材を編集する時だった。

「撮影初期の段階、家族を失った人々のすべてに耳を傾け、彼らが体験した悲しみを聞きました。彼らと同様の苦痛を体験したわけではないですが、インタビュー中、私はずっと家族の方々と一緒に泣いていました。そして、新たに他の家族の話を聞く度に、特別なストーリーがあることを実感しました。父親を失ったり、母親を失ったり……表面的には、彼らは愛する人を失っています。でも、詳細を尋ねてみると、家族がどのように感染し、受け入れてくれる病院が見つからずに亡くなっていったというものがあり、その一つ一つが遺族にとって特別なものでした」

「監督をしていて苦痛だった部分は、家族の体験談を聞き、それぞれが特別なものだと感じたとしても、それらのストーリーをいかにまとめ上げ、映画に当てはめていくかということを考えなければならないことでした。劇中では、すべてのストーリーを詳細に説明する余裕がありませんでした。しかし、彼らの話によって、多くの人々が影響を受けることを願っています。およそ2分くらい、家族を失った人々のインタビューが描かれています。それらは何百人の人々とのインタビューを経て、生み出されたものです。『すべてのストーリーを見せたい』と思う葛藤もありました。でも、家族が次から次とへと話すという構成では、最終的には誰も聞かなくなってしまうといいますか、自分が望んでいた“新型コロナウイルスに関するインパクト”がなくなってしまうのがわかっていました。だからこそ、そのような部分を構成するうえで苦痛を感じていたんです」

現在、中国とアメリカの関係性は最悪の状態に陥っている。両国間のプロパガンダが分裂をもたらしているが、一般市民の立場として、この溝を埋める方法というのはあるのだろうか。ワン監督は自分なりの見解を語ってくれた。

「まず、アメリカ側からの視点では、自分とは様相の異なる人物に会ったり、アジア人と友人関係になってみることからだと思っています。自分の優しさを示し、彼らの実体験、人生経験を聞いたりしてもよいでしょう。3人のアジア人と話せば、中国がどのような国であるかについて、3つの異なる解釈を聞くことになります。少なくとも、そんな異なった解釈を聞くことは、その人物を知るうえでは良い参考になると思います」

「それに加えて、ヒューマン・ライツ・ウォッチ(世界各地の人権侵害と弾圧を止め、世界中すべての人々の人権を守ることを目的に、世界90か国で人権に関する状況をモニターしている団体)に関する記事を読んで欲しいです。彼らは徹底的な詳細レポートを作成していて、素晴らしい仕事をしています。そして、自分が読んでいる記事のソースについて、きちんと正誤を判断してください。例えば、ウイルスが研究所で作られたという噂、ウイルスが一部の人々の間で流行したというような陰謀説などは、ヒューマン・ライツ・ウォッチの記事では『真実ではない』ということを教えてくれています。これは重要なことで、Facebook、YouTube、Twitter等に見受けられる『(根拠なく)真実である』とうたっているような、デタラメの記事は読まない方がいいでしょう。信頼できるソースがあったうえで、その情報を確認し、向き合ったりしながら、再評価してみてください」

画像3

では、アメリカ人は中国をもっと理解する必要があるのか。それとももっと批判的になる必要があるのだろうか。その問いかけに対して、ワン監督は「批判は、物事を改善するものであり、どのようなシステムでも、どんな国や権威に対しても、私はそうすべきだと言っています」と切り返す。

「私は、権威に対して、常に批判的な立場をとってきました。権威側に立つ人々は、私たちの賞賛や賛辞を楽しむために、その立場にいるわけではありません。私たちへの説明責任を果たすために、彼らはそこにいるんです。例えば、中国を擁護したいと思っている方と接する機会があれば、どのような経緯でそうなったのか、メディアを通じて中国のどのような事を学んできたのかを知りたいと思っています」

「In The Same Breath(原題)」は、数人のカメラマンが武漢で撮影を行い、ワン監督自身はアメリカで指示を出しながら撮影をコントロールしていた。どのようにして、監督としての視点、客観性、信頼性を確保していただろうか。

「まず第一に、私は映画がそこまで客観的だとは思っていません。なぜなら、私が撮影現場にいるかどうかに関わらず、編集、撮影、監督としての手法、撮影監督との話し合いは、常に主観的だからです。撮影では『何を撮影すべきか』『どのように撮影をしてほしいのか』という点を伝えています。それらは、常に私のビジョンと主観的な意見が反映されています。本作も主観的です。もし他の誰かかパンデミックの映画を作ったら、私の作品とはまったく異なったものになるでしょう」

「この映画はリモートで撮影されたものであり、中国には10人以上の撮影監督がいました。米国にも同様の数のクルーがいて、撮影中はたくさんの人達とコミュニケーションをとりました。そのなかには、以前から知っている人もいたり、本作で仕事するまでは知らなかった人もいました。そこから信頼を築き上げ、彼らに“私が何を望んでいるのか”を理解してもらいました。初めて仕事をする人には、より具体的な説明を行いました。彼らは毎日映像を送ってきました。すぐにその映像を見て『この人はどんなスタイルで撮影をするのか』『どんな視点で撮影をしているのか』を検証します。彼らのスタイル、私が言及したことに基づいて撮影をさせると、クルー自身の性格、政治的な見解が反映された映像が送られてくるようになったんです」

イベントの最後には、アメリカでのアジア人に対するヘイトクライムについての意見を述べた。

「最近のアジア人へのヘイトクライムについては、非常に悲しいことだと思っています。人々は過去を振り返りながら、その結果としての行動、行く末を追跡する必要があると考えています。アメリカを含む世界の多くの国々では、『新型コロナウイルスが中国で発生した』という主張が、ヘイトクライムという結果につながったというものでした。 間違った行動は正す必要があると思います。 私たちにできることは、アジア人と対話をして、彼らに優しさを示すことです。 彼らと話し、彼らを気遣ってください。 見知らぬ人でも、その人がどんな人物かを理解するところから始めてください」

筆者紹介

細木信宏のコラム

細木信宏(ほそき・のぶひろ)。アメリカで映画を学ぶことを決意し渡米。フィルムスクールを卒業した後、テレビ東京ニューヨーク支社の番組「モーニングサテライト」のアシスタントとして働く。だが映画への想いが諦めきれず、アメリカ国内のプレス枠で現地の人々と共に15年間取材をしながら、日本の映画サイトに記事を寄稿している。またアメリカの友人とともに、英語の映画サイト「Cinema Daily US」(https://cinemadailyus.com)を立ち上げた。

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