コラム:若林ゆり 舞台.com - 第84回
2019年12月2日更新
扮装写真ではチャップリンと同じような山高帽やステッキも持っているが、舞台にも登場するのだろうか?
「チャップリンはいつも、燕尾服に蝶ネクタイでステッキ、ハット、ドタ靴というスタイル。これは浮浪者と言われてパッと思いつく格好ではないですよね。その発想を生かせないかと思って。歌舞伎の蝙蝠安も、あんな派手な格好で身を隠すってどうなんだ(笑)。昭和のアイドルか? という格好ですけども、そういう傾(かぶ)いている発想を受けて、素敵な衣裳になりました。ハットとステッキは、冗談のつもりで撮ったらポスターになっちゃって、さてどうするんだと(笑)。あのキャラクターを蝙蝠の安さんとして成立させた上で、トリッキーな動きなど『街の灯』を彷ふつとさせる部分をポイントで作っていけたら、と思っています」
花売り娘に無償の愛を捧げる蝙蝠の安さんは、どこか「男はつらいよ」の“フーテンの寅”こと車寅次郎に通ずるところもありそう。
「そうですね、安さんがしているのは全て無償の行動で、何の代償もほしがらない。そこが安さんの魅力だと思うんです。放浪者という立場ではありますが、食うに困ってお金がほしい、家がほしいなんて思ってはいないでしょうね。その日暮らせればいいって人だと思うんです。でも人間的なところがあって、盲目の娘に対して、自分を立派な人だと思わせるような行動をするわけですよ、見栄を張って。そういう社会の格差への風刺部分も、チャップリン喜劇の世界観になっていると思います」
何も見返りを求めない、一途な安さんの生き方は、幸四郎にとって憧れでもあるという。
「例えば僕が襲名した時に『歌舞伎職人になりたい』と言ったのは、そういうことです。歌舞伎のために身を削って何でもやりたい。自分の名が後の世に残る、残らないは関係ない。自分が何をしたとか代表作が何だとかは一切なく、歌舞伎のためになることだけを考えてやっていくということ。まあ実際には無理でしょうけど(笑)、理想ではあります」
「歌舞伎でこれをやりたい」というアイデアがいつも頭の中で順番待ちをしている幸四郎。今、注目しているアイデアは?
「今は映画の『ジョーカー』がすごいことになっていますね。『バットマン』がああいう形になっていることがすごい。アンチヒーローの形として、歌舞伎の悪役でできないか、なんて考えますね。スピンオフというアイデアは、この『蝙蝠の安さん』もそうですけど。ある作品でずっと座っている腰元が、何かを考えていたとか(笑)、そういうことを歌舞伎にするのも面白そうですね」
歌舞伎の新しい試みを通して、映画ファンにも歌舞伎の魅力はもっと浸透していくはずだ。
「僕はチャップリンをやることで、新しい観客を増やそうと目論んでいるわけではないんです。ただチャップリンが好きだからやりたいだけ(笑)。でも、実は『蝙蝠の安さん』は、『街の灯』が日本で上映される前に翻案して上演してしまったものなんですよ。そういうフットワークの軽さといいますか、新しいものへの嗅覚の鋭さが歌舞伎にはあるんです。だから今『風の谷のナウシカ』や『スター・ウォーズ歌舞伎』、漫画の『ONE PIECE』や『NARUTO』をやったりする。伝統芸能でありながら、その時の流行りものを取り入れています。そういう伝統芸能は珍しいと思うので、その観点から見ても歌舞伎は面白いんじゃないか、と思っています」
「蝙蝠の安さん」は12月4日~26日、国立劇場で上演される。Aプログラムは午前11時30分から「近江源氏先陣館 盛綱陣屋」(松本白鸚主演、幸四郎は信楽太郎役)との2本立て、Bプログラム(毎週金曜とクリスマスの2日間)は「Chaplin KABUKI NIGHT」と銘打ち、午後7時から「蝙蝠の安さん」のみを上演。詳しい情報は公式サイト(https://www.ntj.jac.go.jp/kabuki/2019/kabuki_12.html)で確認できる。
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka