コラム:若林ゆり 舞台.com - 第79回
2019年5月22日更新
第79回:松本幸四郎が13年間思い続けた三谷歌舞伎で「面白い芝居づくり」を誓う!
歌舞伎俳優には、なぜこうも冒険者が多いのだろう。伝統芸能の担い手である彼らは古典の演目を大事にしながらも、新しい歌舞伎に挑戦しようとする心意気を持っている。その筆頭が、松本幸四郎だ。
昨年、37年ぶりに高麗屋三代同時襲名披露を行い、七代目市川染五郎から十代目松本幸四郎を襲名した彼は、プロデューサー的資質もたっぷり。6月1日より歌舞伎座で開幕する「六月大歌舞伎」夜の部の新作「月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと) 風雲児たち」も、実は幸四郎の発案。あの三谷幸喜が、歌舞伎座で新作歌舞伎の作・演出を手がけるのだ!
だが、三谷が歌舞伎を手がけるのはこれが初めてではない。13年前、当時は市川染五郎だった幸四郎の主演で大評判をとったPARCO歌舞伎「決闘! 高田馬場」(PARCO劇場)を作っている。これもまた、幸四郎からのたっての願いから誕生した傑作だった。まずは幸四郎に、当時のことを振り返ってもらおう。
「そもそもの始まりは父(二代目松本白鸚、当時の九代目松本幸四郎)が“シアター・ナインス”という演劇企画集団を立ち上げて、そこで父と、三谷さん書き下ろしの作品に2作続けて出させていただいたことでした。『バイ・マイセルフ』『マトリョーシカ』という作品だったんですが、その素晴らしい出来に感銘を受けて『ぜひ歌舞伎を書いてください』とお願いしたんです。そうしたら『書きましょう』と言ってくださって、すぐに三谷さんの方から『高田馬場でいきましょう』と提案がありました。阪東妻三郎さんの映画『血煙高田の馬場』を題材に、と。実現までに7~8年はかかりましたけれども、“PARCO歌舞伎”という形で実現しました。あのお芝居はセリフも場面転換も多くてずっと突っ走っていたという感じでしたけれど、新しいものをつくり出している、という高揚は確かにありましたね。僕は三谷さんに全信頼を置いていますので『絶対にすごく面白いものができるんだ』というところには一点の疑いもなく。スタッフ・キャストが一丸となって『いい作品を完成させよう』という熱気のある現場でした」
「決闘! 高田馬場」は文句のつけようがない仕上がりを見せ、絶賛を浴びた。幸四郎は三谷に「またすぐやりたい」とラブコールを送る。そして13年。今度は歌舞伎座の舞台で、再び三谷歌舞伎が実現するときが来た。「三谷かぶき『月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと)風雲児たち』」は、みなもと太郎による壮大な歴史ギャグマンガが原作。幸四郎が演じるのは、江戸時代に嵐でロシアへと流され、苦難の末に10年ぶりでやっと帰国を果たす廻船の船頭、大黒屋光太夫。なんと舞台はほとんど海の上か異国ロシアなのである。
「歌舞伎に取り上げられたことのない題材に魅力を感じました。それに大黒屋光太夫という人は、歴史上に名前が残ってはいますが、けっして偉人というわけではない。まぁ普通の人ですね。それを主人公にするということで、人間、人と人とのつながり、絆、そしてドラマというものが強く描かれる作品になるだろうと思うんです。それに、歴史を描くと言っても、『風雲児たち』というマンガを原作にひとつ挟むと言いますか。歴史上の人物ですから、その人となりについては歴史を紐解けばわかるわけです。けれど、あえてご自分が大好きだとおっしゃる『風雲児たち』を原作として三谷さんが書き下ろす。しかもこれはギャグマンガですから、三谷さん独特の世界になることは間違いないんです」
先日は、光太夫がロシアの地でひたすら思い続けた故郷の伊勢(現在の鈴鹿)へ行き、大黒屋光太夫記念館を訪問した。
「船乗りとしても長けた人でしょうけれど、記念館でお話をうかがう中で僕が印象的だったのは、光太夫は誰とでも仲よくなれる人物で、いろいろなことに興味を持つ、好奇心旺盛な人だったということなんです。そういう生まれ持った性格のおかげでなんとか生き抜く術を見つけ、日本に帰ることができたと思うんですね。けっして大人物ではない。ただ、その不屈の精神はすごいなと思います。ロシアに行って帰るまで10年間ですからねえ。仲間がどんどん減っていって、どんな状況になっても『帰るんだ』という思いを貫き続けてぶれなかったというのは、すごい強さだと思います。でも何より、人間としての魅力を武器にした人だったんじゃないかな」
今回は、三谷とは何度も組み、三谷が大ファンを自認する父、白鸚が船親司の三五郎とポチョムキンの二役。息子の染五郎が水主の磯吉という大役で共演することでも注目だ。
「今回の出演者の中では、父がいちばん三谷さんとお仕事をしていますのでね。いろんなアイディアを思いついて、たくさんの荷物を持って稽古場に入るんではないかと思います(笑)。ポチョムキンは原作には出てこない役ですが、実在した人物で、人間のいろいろな部分を持つ複雑な役ですね。染五郎にとっては、三谷さんのお芝居に出られるということは大きな大きなチャンスです。稽古場でまずはやってみて、そこでいかに自分の感情を解放することができるか。これは僕自身にも言えますが、彼は初めてのことですので、それができるように稽古を積めればと思います」
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka