コラム:若林ゆり 舞台.com - 第75回
2019年2月5日更新
第75回:バレエと美術の洗練で魅せる舞台版「パリのアメリカ人」は踊るアート!
全編をジョージ&アイラ・ガーシュインの曲で彩ったMGMミュージカル「巴里のアメリカ人」は、アカデミー賞で主要6部門に輝き(なぜか翌年の「雨に唄えば」は無冠なのに!)、ミュージカル映画に革新をもたらしたと言われる名作だ。ビンセント・ミネリ監督の功績もさることながら、この成功はジーン・ケリーなくしてあり得なかった。超人的な身体能力で、当時人気を二分していたフレッド・アステアとはまったく違うパワフルなダンスを見せたケリーは、自身で振付も行っている。タップばかりかモダンバレエの素養もあったなんて、すごすぎでしょう! ことにクライマックス、名曲「パリのアメリカ人」に乗せた18分にも及ぶダンスシーンは、完璧主義者を自認するケリーが独創的なアイディアと渾身の力を注いだ名シーンだ。
この名作が、舞台ミュージカルになった。パリでの初演を成功させてブロードウェイに進出、トニー賞4部門を受賞したこの作品を、筆者は2015年にブロードウェイで見て度肝を抜かれた。映画とはかなり変わっているのに、作品の勇敢さと美意識、精神性は見事に受け継いでいる。なんという洗練美だろう! すべての瞬間、惚れ惚れしっぱなし、痺れっぱなしだった。そのときは、これほど高いレベルの作品が日本人キャストで実現するとは思っていなかった。
ところが、やってのけたのだ、劇団四季が!
本作の上演にあたり、劇団四季はオリジナルのクリエイティブ・スタッフを招聘し、全キャストを劇団内外あわせての大規模なオーディションで決定。同じガーシュインの「クレイジー・フォー・ユー」やディズニー・ミュージカルなどの経験があるとは言え、並大抵の覚悟ではできないことだ。幸いにも稽古中に演出・振付のクリストファー・ウィールドンに話を聞くことができたので、開幕した舞台のレビューとともにウィールドンの言葉も借り、この舞台の魅力をお伝えしよう。
この舞台はまず、大きな2つの魅力が視覚的に観客を圧倒する。1つは、物語を彩るダンスの大部分をバレエで表現していること。映画ではジーン・ケリーがガシガシとタップを踏みまくっていたが、ここではタップダンスはそう多くない。主にエレガントでセクシー、力強さもあるバレエの動きが、ガーシュインのメロディと相まって登場人物のキャラクターを、恋心を伝えるのだ。
そしてもう1つが、舞台が醸し出す芸術の香り、セットや照明によるアート感である。芸術家を主人公にし、芸術の都でありアムールの都、パリを舞台にした意味が満ちあふれている。最先端のプロジェクション・マッピングも駆使しているが、全体的な表現はハイテク臭がなくアナログっぽい。たとえば古い建物のシルエットが流れるように降りてきたかと思えば、あっという間に窓や扉がペインティングされ、明かりが灯る。背景以外のセットは出し入れをダンサーたちが行い、セットそのものが絵としてダンスの中に絡んできたり、動いてポーズを決めたりもする。装置・衣装デザインを手がけたボブ・クローリーの魔法で、ウィールドン曰く「セットも踊る」のだ! 舞台空間そのものをキャンバスとして捉え、高い美意識の下でダンスナンバーを構築するこの作品は、まさに洗練の極み。お洒落さ、粋さにうっとりだ。それは日本でも見事に表現されている。
イギリスで生まれ、バレエダンサーから振付師に転身、ニューヨーク・シティ・バレエ団や英国ロイヤル・バレエ団で活躍してきたウィールドンは、元々映画版の大ファンだったという。
「ジーン・ケリーとレスリー・キャロンは本当に偉大だよ。僕も若い頃はダンサーだったから、ダンスシーンだけを何度も繰り返し見た記憶がある。お芝居の部分は早送りして飛ばしながらね(笑)。映画に対する敬意は、気持ちの部分が大きいんだ。もちろんジェリーの振付にはジーン・ケリーのスタイルを取り入れたり、彼の身体性を意識した振りもある。ただ映画から振りをコピーするということではなく、観客に『映画版の振りを完全に無視している』と感じさせることもなく、原作映画からさらに新しいものを育てたと感じてほしいという思いで取り組んだんだ。映画を舞台で再現しようとする試みは僕もいくつか見てきたけど、どうしたって無理があるからね」
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka