コラム:若林ゆり 舞台.com - 第50回

2016年12月2日更新

若林ゆり 舞台.com

第50回:ミュージカル版「プリシラ」でドラァグクイーンに扮した山崎育三郎が、歌で心に触れる!

1994年に公開されたオーストラリアの低予算映画でありながら、いまもLGBT(セクシュアル・マイノリティの人々)にとっては「バイブル」と言われ、LGBTでない人たちにも愛されまくっている作品、それが「プリシラ」だ。3人のドラァグクイーンがポンコツバスの“プリシラ号”に乗り、シドニーから砂漠の田舎町へと旅するロードムービーは、3人の愛すべきキャラ、ド派手なショー場面、そして心を揺さぶる繊細なドラマで見る者を虜にした。この名作が、オーストラリアでミュージカル化されたのが2006年。その後ロンドン・ウエストエンドやニューヨーク・ブロードウェイなど15カ国で大ヒットしたこの作品がやっと、日本でも上演される!

撮影:若林ゆり
撮影:若林ゆり

年下の恋人を事故で亡くしたトランスジェンダーのバーナデットと、若くて陽気で生意気なアダム(芸名:フェリシア)を誘い、決意の旅に出るティック(芸名:ミッチ)に扮するのは、ミュージカル界のプリンスこと山崎育三郎。映画でこの役を演じていたのは、後に「マトリックス」のエージェント・スミスや「ロード・オブ・ザ・リング」のエルロンドで知られることになるヒューゴ・ウィービングだった。映画版を見た山崎がまず惹きつけられたのは「ヒューゴさんが演じるティックからにじみ出る哀愁」だという。

「ミュージカルをやると決まってから初めて映画を見たので、最初は『この表現をミュージカルでどんな風にやるのかな』と考えながら見ていたんですが、どんどん作品の世界に引き込まれてしまって。ドラァグクイーンの華やかな世界と砂漠との対比が面白いし、何よりいろいろなものを抱えていて複雑なティック像がすごく繊細に演じられているところが印象的でした。見終わった後はすごくすっきりするというか。3人がそれぞれいろいろな問題を抱えながらも『私は私!』という前向きな、ゲイの方ならではの笑顔とパワーで進んでいく姿に力をもらえて『来た! これだ!』と、うれしくなりました」

映画版でもABBAなどポップなディスコ・ミュージックを使ったショー場面は強烈な魅力を放っていたが、そこで大きな役割を果たしたのが奇抜な衣裳。これでアカデミー賞衣裳賞に輝いたデザイナーのリジー・ガーデナーがミュージカル版でも腕を振るい、見事、トニー賞の衣裳賞をも獲得している。

「すごくゴージャスで独創的な衣裳なんですが、着たらものすごく動きづらい(笑)。僕だけで衣裳が22着あるんです! ほとんど出ずっぱりで、袖にはけたら30秒40秒で着替えてまた出ていくという感じなので、早替えも勝負になってくるでしょうね。衣裳だけでも魅せられるくらいの舞台なので、それだけでもう映画に負けていないと言えます」

Photo by Leslie Kee
Photo by Leslie Kee

「イカれた主婦」などで女装経験もあり、「ラ・カージュ・オ・フォール」では心やさしいゲイカップルの息子役を演じた山崎は、もともと華奢で中性的な持ち味の人。ごつかった映画のティックとは、キャラクターが変わってくるのも必然だ。

「演出の宮本亜門さんとゼロから日本版の、ミュージカル版のティックを作っているので、映画とはかなり違ったイメージになっていると思います。映画のティックも繊細でしたけど、もっと繊細で、ゲイとしての経験が浅いという人物像になっているんです。ティックは結婚して子供も生まれたんだけど、『自分はこれでいいのか?』という疑問と違和感をずっと感じながら生きていた。それを奥さんに伝えたところ、『一度しかないあなたの人生なんだから、好きなように生きてみたら?』と後押しされて家を飛び出した。だから自分がゲイだって意識をしてドラァグクイーンの世界に入ったのも遅いし、パフォーマーとしてもゲイとしても未熟な部分がある。だからバーナデットとアダムは女性言葉だけど、ティックは服装も言葉も普段は男性のままなんです」

なるほど。山崎の個性を反映して、より柔らかくやさしく、繊細な少年っぽさの残るティックとなりそう。

「ティックはゲイとして生きている期間が短いぶん耐性がない。ゆえに3人で旅をする中で差別的な言葉をバスに書かれたとき、いちばんショックを受けるんです。初めてゲイとして田舎に行って、『僕が僕らしく生きようとしたらこんな風に言われちゃうんだ』という現実を思い知って。バーナデットとアダムはゲイとして子供のころからいろんな経験をしていて傷ついたこともいっぱいあるから、傷ついてきたぶん強いしやさしいんです。そのときに2人が『トゥルー・カラーズ』という曲を歌って『あなたはあなたのままでいいのよ』ってティックを励ましてくれるんですが、こういうミュージカルの曲も映画にはないお楽しみ。心が動かされるシーンになっていると思います」

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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