コラム:若林ゆり 舞台.com - 第5回

2014年4月16日更新

若林ゆり 舞台.com

第5回:時空を超えて、カンバーバッチの名舞台を映画館で堪能!

映画にはない舞台の醍醐味といえば、当たり前だが“ナマ”であるということ。一度しかない一瞬一瞬を、劇場の空気を、客席で役者と共有できるというのは贅沢なことだ。次の瞬間が決まっていないから、スリルだって味わえる。

だがしかし、その一瞬は二度、三度と繰り返し見ることはできず、見た人ひとりひとりの記憶の中でしか生き続けることができない。これはもったいない。しかも座席数には限りがあるから、チケットが取れなければアウトである。取れたとしても、チケット代は高い。

劇場が遠ければ、仕事を休んだり高い交通費や宿泊費がかさむかもしれない。

となればたとえ“ナマ”でなくとも、人気公演を収録した映像で楽しむことは大いに意味がある。最近では歌舞伎の「シネマ歌舞伎」、劇団新感線の「ゲキ×シネ」、メトロポリタンオペラの「METライブビューイング」などのほか、千秋楽公演を生中継するライブビューイングも増えてきた。一度見た舞台でも、新たな発見があったり演出効果が最大限に発揮されていたりと、まったく別の視点で楽しめる映画館観劇。人気が高まるのも当然なのである。

さて先日、このシネマ演劇の恩恵をめいっぱい味わう体験をした。イギリス演劇界最高峰であるロイヤル・ナショナル・シアターが最高の状態で舞台を撮影した「ナショナル・シアター・ライブ」(以下NTL)。この中の一編、ベネディクト・カンバーバッチジョニー・リー・ミラーが2012年に主演した名舞台「フランケンシュタイン」を、音響設備抜群のTOHOシネマズ日本橋で鑑賞してきたのだ。

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これはメアリー・シェリーの原作を「スラムドッグ$ミリオネア」のダニー・ボイルが演出。フランケンシュタイン博士と彼が創り出したクリーチャーを、ベネさんとJLMが交互に演じたことでも話題を呼んだ舞台である。
1000円プラスのプレミアムシートに身を沈めれば、ほぼ個室状態で快適、リラックス。本編が開幕する前にはスクリーンにNTの紹介や稽古場風景が映し出され、開演前の客席のざわめきが聞こえてくる。これでタイムスリップはバッチリ。メイキング的な短いインタビューもあって、いよいよ上演が始まる。この回はクリーチャーをJLMが、博士をベネさんが演じるバージョンだ。

円形にせり出した板打ちの舞台に、繭のような物体がセットされていて、そこから怪物が生まれ落ちる。体をけいれんさせ、のたうち回りながら「自分」という存在と格闘する怪物。痛々しく醜い縫い目に覆われた彼は初めて歩を進め、その無垢な魂は多様な「初めて」の経験を通してさまざまなことを学んでいく。言葉、音楽、生きる喜び、理性、愛、孤独。憎しみ、憎悪、復讐といった感情までも。醜いがゆえに迫害され、愛されたいと願った怪物はついに自分を生み出した博士と対じ。やがて迎える衝撃の結末!

現代的にして明快な解釈とステージングは、さすがとしか言いようがない。「怪物に言葉を与えたかった」とダニー・ボイルは語っている。怪物の視点で始まった舞台は徹底的に怪物への感情移入を誘い、目を背けたくなるような暴力も、呼び起こされるのは恐怖というより悲しみだ。JLMの肉体からあふれ出す強い感情に、ただただ圧倒される。対するベネさんの博士は、小心で自己愛が強く、傲慢そのもの。責任取れよ! なんてこいつに言っても無駄だわ。でもつまり、このふたりは表裏一体なのだ。美と醜、良心と邪心、愛と憎しみ、恐れと執着、衝動と悔恨、賢と愚、罪としょく罪……。人間という生き物の性(さが)、美しさと醜さをまざまざと感じさせる舞台に、五感が刺激を受けまくり、心をわしづかみにされた。

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これは燃えましたね。2年前のロンドンに行くことはできないけれど、こうして日本で、しかも字幕つきで味わうことができるとは! これはもうひとつの逆キャストバージョンも見たい! と思ったわけだが、なんと自分の行ける時間のチケットを買い損ねてしまった。悔しーい! だって都内1館のみ、たった3日間2回ずつですよ。見た人によれば「演じる人が変わると全然違う!」らしい。これは2月の上映に続いて2回目のチャンスだったわけだが、3回目も絶対にあると信じたい。

さらに、4月25日からはこのシリーズで「マイティ・ソー」や「アベンジャーズ」のロキことトム・ヒドルストンが主演するシェイクスピア劇「コリオレイナス」の上映が始まる。見逃せませんよ、これは!

ナショナルシアターライブの詳しい情報は公式HP
http://www.ntlive.jp/

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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