コラム:若林ゆり 舞台.com - 第40回
2016年2月1日更新
第40回:石丸幹二が「半沢直樹」の浅野支店長役を「ジキル&ハイド」の再演に活かす!
こうしたリサーチを重ねた上で、石丸がたどり着いたのは「ジキルはけっして善人ではなかった」という解釈だった。
「表向きは自分の正義を貫いて、世の中のモラルを乗り越えてでも、人の命を助けようとしている。そこは間違っていないが、自分の野心、野望を強く押し出し過ぎて、周りの人間たちの理解を得られない。けれどもそんなことはお構いなしに、ぐいぐい進もうとする。そんな傲慢さがある男なんですよ。常識のある人間だったら隠すような一面も随所に出すんですよね。だからこそ、ハイド的な面が生み出されてしまう。非常に人間くさく、しかも自分を理解しきれていない男ではないかな」
そのジキルの野心は、日本版では石丸初演時に加えられた曲「知りたい」に、顕著に表れている。
「ジキルは『なぜだ、なぜこんなことになるんだ?』と自問しながら、自分の探究心に火をつけている。この曲が加わったことで、彼の動機がクリアにわかると思います。父を救いたかったというだけじゃなくてね」
石丸はこの4年間、俳優としてバラエティに富んだ経験を重ねてきている。ジキルという人物の複雑さを思うとき、とりわけ思い出さずにいられないのが、石丸幹二の名を日本全国に知らしめたあの人気ドラマ「半沢直樹」だ。このドラマで敵役・浅野支店長を演じたことが、ジキルの演技にも影響してくるのではないか。
「そう思います。浅野支店長というキャラクターは、限りなく黒に近いグレーの男だったんですね。あるときは漆黒なのに、あるときは家庭の良き父であり夫であり、透かせば白さが見えてくる。浅野を演じたことで、芸の振り幅がダークサイドの方にすごく広がりました(笑)。じつはスケジュール的に非常にタイトだったので浅野役をやるには相当な覚悟が必要だったのですが、思い切ってやってよかったなと思いますね」
劇団四季の看板俳優だったころは、真っ白な貴公子的なイメージをまとっていた石丸だが、退団後は公演ごとにそのイメージを打破。そして「半沢直樹」以降は、「いままで見たことがなかった石丸幹二」の幅をビックリするほど押し広げている。
「それ以後も映像では一癖も二癖もある男たちを演じる機会が与えられましたね。最近だと、ドラマ『アルジャーノンに花束を』では蜂須賀という脳科学者役をやったんですけれども、この人もどこかジキルの思い込みの激しさに似た一面を持っている。映画『ギャラクシー街道』で演じたムタは下心のあるドクターで、これまた人間くさかった(笑)。さらに時代劇『信長燃ゆ』で、鬱屈とした明智光秀をやらせてもらえたことも、僕にとっては大きかった。そんな経験を活かし、今回は、きっと初演とは違う色合いを表現できるだろうと思うんです。」
これだけいろいろとやってきてなお、「こういう役がやりたい」という野心はまだまだ尽きないという。
「いま50歳だからできるいい作品が、まだまだたくさんあると思うんです。50歳の役という意味じゃなくて、これまでの経験を生かした挑戦があるはずだと。たとえば自分より若い役だとしても、ものすごく複雑な心情をもっているキャラクターだったら、いまの方がいろいろと作れると思うんですよね。『ジキル&ハイド』は再演ですが、初演のとき『もし次にまたやる機会があったらもっとこうしたい』という課題をいっぱい残してもらえた作品でもありました。体力、精神力がしっかり備わってこそ臨める作品、俳優としていちばん力が漲っているときに演じるべき作品なので、いまこそ自分がそうでありたいと思っています」
「ジキル&ハイド」は3月5~20日、東京国際フォーラム ホールCで上演。詳しい情報は公式HPへ。
http://www.tohostage.com/j-h/index.html
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka