コラム:若林ゆり 舞台.com - 第29回

2015年7月10日更新

若林ゆり 舞台.com

第29回:あふれる感情を歌に乗せて圧倒、「サンセット大通り」の安蘭けいノーマに震える!

ノーマ・デズモンド。彼女は映画史上最も有名なヒロインの1人だろう。ビリー・ワイルダー監督が送り出したハリウッド内幕ものフィルム・ノワール「サンセット大通り」に登場する、忘れ去られたサイレント映画時代の大スターだ。グロリア・スワンソン(自身が元サイレント映画の大スター)が放つ凄みのある演技が、見る者に尋常ならざるインパクトを与えて心をわしづかみにする。脚本も素晴らしいのだが、スワンソンの名演技こそがこの映画を傑作たらしめていると言える。

この名画をミュージカル化したのが、「オペラ座の怪人」などで知られる英国の巨匠アンドリュー・ロイド=ウェバー。ブロードウェイではグレン・クローズが演じ、95年のトニー賞で7部門に輝いたこのミュージカルもまた、名曲ぞろいの大傑作だ。これを日本で上演するなら誰が? 何人もの女優が候補に挙がりながらなかなか実現しなかった翻訳上演が、ようやく実現したのは2012年のこと。名だたる大女優たちが「演じたい」と熱望したノーマ・デズモンド役を演じたのは、宝塚出身の安蘭けいだった。

これが素晴らしかった。劇場の空気を一瞬にしてガラリと変えるブロードウェイ版のクローズも凄まじかったが、安蘭のノーマにも妖しいオーラと気迫、滑稽さとかわいらしさがあり、歌声にはあふれんばかりの感情が渦巻いている。それがグロテスクな人間ドラマに底知れない美しさと哀しみを感じさせ、心を震わされたのだ。その安蘭ノーマに、待ちに待った3年ぶりの再演で再会! 今回は、劇団四季出身の濱田めぐみとダブルキャストでノーマに挑んでいる安蘭に話を聞いた。

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「初日の幕が無事に降りたときは、ホッとしました」と清々しい表情を見せる安蘭。「実は本番の出番前、ジョー役の(平方)元基くんが舞台で導入のくだりをやっているときに私はスタンバイしていたんですけど、オーケストラの音を聴きながら『本っ当にいい曲だなぁ』と思って。曲がワーッと盛り上がるところで『ああ、私はこんなに素晴らしい作品に出させてもらっているんだな』という喜びを実感したんです。なんて恵まれているんだろうと思ったら、もう涙が出そうになっちゃって。そのテンションで舞台に上がったから、すごく幸せでした。しかも、お客さまから大きな拍手をいただいて。『みなさん待っててくださった』と感じることもできて、うれしかったですね。だから演じている間もずっと楽しかったんです。前回はプレッシャーで苦しんだから、変化です」

演じるのは50歳になったいまも過去の栄光にしがみつき、現実をまるで認識できないでいる(執事マックスのせいなのだが)ノーマ。彼女は転がり込んできた売れない脚本家のジョーにこう言い放つ。「私はいまでも大スターよ。小さくなったのは映画のほう!」と。その瞳に宿る傲岸さと虚勢、そして怯え。このときの表情は、映画版のグロリア・スワンソンが憑依したかのよう。

「観ていた友達に『般若みたいだったよ』って言われました。でもそれ、褒め言葉なんですって(笑)」

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スワンソンの演じたノーマについては、もちろん見て感銘を受けたという。いちばん影響を受けたのは、ノーマという人の多面性。背筋を凍りつかせるような妖気やエキセントリックさより、むしろお茶目さだったりかわいらしさを感じさせるところなのだとか。

グロリア・スワンソンさんのノーマがチャップリンの真似して、ジョーを楽しませるところがあるのですが、ああいうことをするシーンがこの舞台ではない。だからタンゴのシーンでは遊んで、ノーマがもっているチャーミングなところ、サービス精神が旺盛なところを出せるようにと意識しています。それはノーマがジョーを好きだからなんですけど。好きな人を喜ばせたいとがんばる、かわいらしい乙女なところがすごくグロリアさんから感じられたので、そこは影響を受けたところですね」

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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