コラム:若林ゆり 舞台.com - 第22回
2014年12月24日更新
第22回:30周年を迎える男だけの劇団が「大いなる遺産」で立ち上げる、虚構の中の真実
ストーリーテラーの神様ともいわれるイギリスの作家、チャールズ・ディケンズ。その代表作「大いなる遺産」は、1946年のデビッド・リーン監督版、そして現代のニューヨークに舞台を移し替えた98年のアルフォンソ・キュアロン版など、何度も映像化された人気作。この波乱に富んだストーリーと世界観、カラフルな登場人物、その人々が抱える思いを濃厚に伝えてくれる舞台に出合った。2015年に創立30周年を迎える、劇団スタジオライフによる公演だ。
脚本は、88年にイギリスの劇作家、ジョー・クリフォードが執筆。グラスゴーの大学で幕を開けてから、2013年にロンドンのウエストエンドで上演されるまで、25年間もいろいろな場所で上演を重ねながら、書き直し、練り直し続けて熟成された作品だという。これに挑んだ劇団スタジオライフは、作・演出の倉田淳は女性、俳優たちはすべて男性という、いわば“逆・宝塚”のような異色劇団。独特の美学やこだわりが感じられるのはもちろんだが、意外なほどまっとうに、真摯に演劇を作っている劇団だ。演出の倉田は、この脚本に出合って「感銘を受けた」という。「長い原作から素晴らしい抽出のしかたで、短い中にそれぞれのキャラクター、人生がクリアに浮き上がってくる。ただただ、すごいなぁーと思いました(笑)」
今回、倉田がとくにこだわったのは「会話」だ。「この作品は、会話でいろんなことが成り立っているんです。もともと会話が大事だとは思ってきたんですけれど、これほど会話が成り立たなければ空間が立ち上がらないというのを痛感したことはないほどです。役者ってどうしても内向しがちなんですけれど、気持ちを相手に伝えるということ、思いを会話にするということに、とくに稽古時間をたくさん使いました」
この作品で面白いのは、舞台上に、つねに2人のピップが存在するということ。大人になったピップが少年時代からの経験を回想するという形をとっているため、少年ピップの物語を大人になったピップが、万感の思いを込めて見つめているのだ。大人ピップを演じるのは、ベテランの笠原浩夫。ほかのキャストはほとんどがダブルキャストで、少年ピップは関戸博一と松本慎也が務めている。
傾いた八百屋舞台で、物語に寄り添うように存在する大人ピップ。「存在のしかたが難しい」と、笠原は認める。「感情的に物語の中に入ってしまうシーンもありますし、一歩、二歩おいてそのシーンを俯瞰で見るように思い返しているというときもあります。距離感など何のとり決めもなかったので、それを作っていく段階というのは難しかったですね。回想しながらずっといるというのはいままで味わったことのない、どの役でも経験したことのない難しさでした。あまりにも油断できない。ちょっとでも油断していたらすぐにバレちゃうな、というような怖さを感じながらやっています」
少年ピップを演じる関戸は、先輩である笠原の芝居に助けられている、と語る。「芝居中は、大人ピップの存在を意識してはいるんですが、どんな表情をしているかなどは一切、見られません。でも今回はダブルキャストなので、自分が出ていないバージョンのときに笠原さんをガン見できました(笑)。そうすると、舞台上にいるときは気づかなかったようなところまでわかることがたくさんある。ダブルキャストのいいところですね。この芝居では、ただ自分がその役を演じているというだけではなくて、そのもうひとつ上に『大人になったとき、こういう気持ちで思い出しているシーンなんだ』という層があって。大人ピップの存在によって、芝居の見え方がまるで違ってくるんです」
大人ピップと少年ピップの関係性には、劇団の先輩、後輩であるピップ役者本人同士の関係性も重なる、と関戸は言う。「芝居の中で、大人ピップがたどってきた道をもう一度僕はたどっていますけど、劇団員として僕は笠原さんがたどってきた道をたどってきて、人生を共有している部分がたくさんあると思うんです。劇団が30年続いているのは、劇団員同士の仲間としての信頼関係も大きいと思います」
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka