コラム:若林ゆり 舞台.com - 第108回
2022年8月9日更新
夢を見つめ、その実現のためにすべてを捧げたハーウィッツにとって、「ラ・ラ・ランド」のミアとセブは「完璧に共感できるキャラクターだ」という。
「ふたりが『アーティストとして何かを成し遂げるためには、ときには何かを失うような犠牲を払わなければならない、芸術にはそれだけの価値があるんだ』という姿勢には、とくに共感できたね。それはデイミアンが『ラ・ラ・ランド』だけじゃなくて、『セッション』でも描いていたテーマだ。僕自身にとっても、それは永遠のテーマだよ。デイミアンの最新作『ファースト・マン』もそうだ。ニール・アームストロングは宇宙飛行士で芸術家ではないけど、それは犠牲について、情熱について、そしてものすごく高い目標を掲げることについての映画なんだ。それは『ラ・ラ・ランド』のふたりも同じだよね。僕も目標を達成するためなら、資質、献身、情熱、犠牲を尽くすことを少しも厭わないと言えるよ」
「ラ・ラ・ランド」の撮影中はつねに監督や主演のふたりに寄り添い、すべてを見ていたハーウィッツ。なかでも思い出に残っているエピソードは?
「けっこう奇妙なことが起こって、それをよく覚えている。たとえば、オープニングの『Another Day of Sun』のシーン。ハイウェイで青いトラックのドアをダンサーのひとりが上に開けるとバンドがいるという段取りだったんだけど、ドアが壊れて開かくなっていたんだ。たくさんのスタッフがロープを持って、引っ張って開けなくてはならなかった。プロデューサーやら音楽監督やら、そんな仕事を担当したつもりがないような人たちもみんな必死でドアを引っ張っていたよ(笑)。それから、ハモサ・ビーチの桟橋で『City of Stars』を撮っていたときのこと。そこは美しい船着き場で、デイミアンにとっては沈む夕陽を撮るってことが重要だった。太陽がちょうどいい位置にある時間は、たった20分くらいだ。そこで僕たちは準備をして、ライアン・ゴズリングが衣装を着てスタンバイした。ところが、そこにでかい貨物船が航行してきて、ライアンの肩の辺りに停泊したんだ。これじゃ台無しだ、どいてもらわなきゃ撮影できないぞってことになって、プロデューサーは沿岸警備隊とか法律事務所とか政治家とかに電話しまくっていたよ。僕たちは焦ってなんとか船をどかそうとしたんだけど、なぜか撮影開始の5分前に、船は動きだしてその場から消えてくれたんだ。ホッとしたよ!」
ライアン・ゴズリングとエマ・ストーンの歌声にも、裏話が。
「僕らはライアンとエマの自然な歌声が大好きだよ。でも、困ったことがあった。ライアンはとにかく低く低く歌いたがるんだ。彼が歌える限界以上に低くね。なかでも困ったのは、デュエットだった。ライアンの歌いたいキーと、エマの歌いやすいキーが違っていて、お互いに一歩も譲らなかったんだ。『A Lovely Night』のときは、まずライアンが最初の一節を自分の好きなキーで歌って、そこで僕が曲を転調させて、エマが次の一節を違うキーで歌った。それは意図したことではなかったんだけど、偶然うまくいったので音符を書き換えたんだ。ただ、『City of Stars』は転調をするタイミングがなかった。だから僕らは選ばなきゃいけなかった。撮影のスタートが近づいてもまだキーが決まらなくて、僕のピアノでいろいろ試しながら、カメラを回す5分前くらいにやっと映画で聞けるあのキーに落ち着いたんだ。ミュージカルをつくるとき、何人かの歌い手がいると遭遇しがちな、難しい難しい問題だよ」
ハーウィッツが命を削って盟友とともにつくりだした「ラ・ラ・ランド」は、アカデミー賞を始めとする多くの賞に輝いた。しかし、彼は「どんな賞よりも、観客の喜んでくれている反応の方がよっぽど価値がある」と考えている。
「たとえば、誰かが近寄ってきて、『僕たちは結婚式のときに「ラ・ラ・ランド」の曲を演奏したんですよ』って言ってくれたらもっと嬉しい。『私の子どもが発表会で演奏したんですよ』なんて言われたら最高だよ。生身の人間である観客の人生にいい影響を与えたのなら、こんなに素晴らしいことはないと思う。僕がコンサートを大好きな理由もそこにあるんだ。彼らがいかに映画を愛し、音楽を愛しているかということを肌で感じられるからね。それは、本当の意味で僕に、なぜ映画をつくるのか、なぜ音楽をつくるのかといった根本的な理由を思い出させてくれる。それは、楽しんでくれる人々のためだ。僕はアメリカの西海岸だけじゃなくて、世界中のあらゆる人々に楽しんで、感動してもらいたいと思っている。だから、日本のような国に来ることに、すごい興奮を覚えているんだよ。これは僕にとって特別な体験になるだろうし、もっと素晴らしい音楽をつくっていきたいという意欲をかきたててくれると思う。観客みんなにとっても、特別な意味をもたらすような体験になってくれればいいなと願っているよ」
「LA LA LAND Live in Concert : A Celebration of Hollywood ハリウッド版 ラ・ラ・ランド ザ・ステージ」は8月18日~22日、東京国際フォーラム ホールAで開催される。詳しい情報は公式サイト(https://stage.parco.jp/web/play/lalaland2022/)で確認できる。
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若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka