町田樹 : ウィキペディア(Wikipedia)

町田 樹(まちだ たつき、ラテン文字: Tatsuki Machida、1990年3月9日 - )は、2000年代から2010年代にかけて活躍した日本のフィギュアスケート選手(男子シングル)、現在はスポーツ科学者。

主な競技実績に2014年ソチオリンピック5位入賞、2014年世界選手権2位、2010年四大陸選手権2位、2013年全日本選手権2位、2013年・2014年GPスケートアメリカ2年連続優勝、2006年全日本ジュニア選手権優勝など。

アマチュア引退後、2018年10月までプロスケーターとして活動。

博士(スポーツ科学)(早稲田大学)。國學院大學助教。

人物

神奈川県川崎市生まれ国内外のコーチに支えられ [フィギュアスケート企画] - 大阪日日新聞。愛称は「まっちー」。「樹」という名前は、大手家電メーカーのCM「この木何の木気になる木」の「あの木のように大きな存在に」と両親が命名したフィギュア:ソチ出場枠3 23歳町田「崖っぷちの戦い」(2013年12月8日時点のアーカイブ) - 毎日新聞、2013年11月21日。血液型はO型日本スケート連盟 強化選手プロフィール。広島市立牛田中学校、倉敷翠松高等学校、関西大学文学部総合人文学科2010-06-27 公認ファンブログ Rhythmicolorful !プロフィール(2010.06.27 更新) - 2015年1月10日閲覧 卒業。学士(文学)の学位を取得関西大学学則第26条第2項。。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士後期課程修了。

家族で移住した広島市東区牛田で育つ『中国新聞』2013年10月21日1面、『産経新聞』2013年10月21日13面、町田 ソチで自作の新エキシビション披露も メダル獲り意欲 - スポニチ(総合屋内プール)News。 - 公益財団法人広島市スポーツ協会。髙橋大輔(バンクーバーオリンピック銅メダリスト)に憧れ、その母校であり通年リンクがある岡山県の倉敷翠松高等学校に毎日新幹線で通学し斎藤貴子編『フィギュアスケート07』毎日新聞社、2007年4月、p.青嶋ひろの「もっと知りたい New Face 第2回 町田樹」『フィギュアスケートDays vol.2』DAI-X出版、2007年3月、pp.60-61、2006年全日本ジュニア選手権で優勝。関西大学に進学後、2009-2010年シーズンにシニアデビューし、2012-2013年シーズンにグランプリシリーズのメダル獲得・初優勝を果たす。翌2013-2014年シーズンにグランプリシリーズ2勝、全日本選手権2位などの好成績をあげ、冬季オリンピック、世界選手権代表選手に初めて選出された。日本代表の男子フィギュアスケート選手としては遅咲きの選手である。

2014年の全日本選手権を最後に競技活動を引退関西大学による公式サイト 2014年12月28日 引退のご挨拶(2015年1月5日時点のアーカイブ) - 2014年1月28日閲覧 。以降、アイスショーへの出演は大学院における研究活動の一環としておこなった。また一大学院生の立場から、ファンレターやプレゼントの一切を辞退していた町田樹 公式サイト 2015年4月1日 皆様へのお願い - 2015年4月2日閲覧 。

常に鞄に2冊の本を持ち歩く読書家で、その読書経験が反映した独特の世界観やコメント、リンク上での感情あふれる表現力から“氷上の哲学者”と称される町田樹“氷上の哲学者”の言葉を聞け - デイリースポーツ、2014年1月28日。愛読書はドイツの哲学者ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルの『美学講義』町田が芸術的首位/フィギュア - 日刊スポーツ、2013年10月20日。音楽鑑賞、ファッション、お茶・紅茶町田樹からのメッセージ| 関西大学・アイススケート部プロフィール(2014年7月17日時点のアーカイブ)も趣味とし、好きなアーティストはm-flo。目標とする人物として、これまでのプログラムを振付けてきたステファン・ランビエール(トリノオリンピック銀メダリスト)、フィリップ・ミルズの名前を挙げており、自らも振り付けを手がける。

経歴

ジュニア以前

千葉県松戸市に住んでいた3歳のとき、友達に誘われて自宅近くの新松戸アイスアリーナ(2002年閉鎖)でスケートを始める『中国新聞』2003年2月4日「氷雪のホープ 広島で奮闘 フィギュアスケート…町田選手 スノーボード・ハーフパイプ…岡野選手」。小学4年9歳の時、父親の転勤で広島県安芸郡府中町に転居フィギュア町田 次世代選手に夢与える/五輪ニュース/デイリースポーツフィギュア日本代表 町田選手を激励 - 広島ホームテレビ|ニュース『中国新聞』2013年12月25日2面「この人 町田樹さん」。府中町立府中中央小学校卒業後、両親の勧めで広島ビッグウェーブ近くの広島市牛田に引っ越し練習を積む男子フィギアスケーター 町田樹さん - 広島エフエム放送、[http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/skate/120915/20120915039.html 今シーズン特別の期待 [フィギュアスケート企画] - 大阪日日新聞]、町田、古里で再起 フィギュア男子 - 中国新聞(2010年10月25日時点のアーカイブ)、瀬戸内リレー|トップレベルを生んだリンクでスケートにチャレンジ!121130(2013年10月29日時点のアーカイブ)、広島ビッグウェーブで初滑り(2013年10月29日時点のアーカイブ)『中国新聞』2012年11月4日。広島には通年リンクがないため『中国新聞』2013年12月30日20面「広島初 五輪スケーター祝う 町田選手を関係者激励」、リンクが閉鎖する夏場は、岡山県や山口県、福岡県に遠征したフィギュア町田選手を応援 くだまつ健康パークに横断幕 - 山口新聞

初めての国際大会は2002-2003シーズンのフィンランド・タンペレで行われたサンタクロース杯。スプリングスクラスで優勝。

2004-2005シーズンよりISUジュニアグランプリに参戦。2006-2007シーズン、JGPリベレツで2位となり、初めて国際大会の表彰台に乗る。同年の全日本ジュニア選手権では初優勝を果たした。

2007-2008シーズン、JGPジョン・カリー記念で優勝。2008-2009シーズン、JGPマドリード杯で3位となる。全日本ジュニア選手権では2位となり、シニアクラスの全日本選手権では7位となった。

シニア移行後

2009-2010シーズンよりシニアに上がる。3度目の出場となる全日本選手権で4位に入り、バンクーバー五輪選出は惜しくもならなかったが、自身初の四大陸選手権への派遣が決定。その四大陸選手権では自己ベストを40点以上更新する演技を見せ、準優勝を果たした。

2010-2011シーズン、初戦のネーベルホルン杯ではフリースケーティングで自身初となる4回転トウループを成功させ、シニア国際大会初優勝を果たす。しかし、その後シニアクラスのグランプリシリーズのデビュー戦となった中国杯では5位に入るも、第2戦のロステレコム杯では11位に沈んだ。全日本選手権は前年より順位を落として6位となったが、アジア冬季競技大会の代表に選出された。アジア冬季競技大会ではショートプログラムは2位と健闘したが、フリースケーティングで6位と崩れ、総合4位となった。4月に行われたトリグラフトロフィーではショートプログラム、フリースケーティングを通して全てのジャンプを成功させ、総合優勝を果たした。

2011-2012シーズンよりアンソニー・リュウに師事。アメリカ・カリフォルニア州レイクアローヘッドの「アイスキャッスル」へ練習拠点を移し大学を休学して挑んだ。しかし連覇を狙ったシーズン初戦のネーベルホルン杯を怪我で棄権する。初出場したNHK杯では7位。クロアチアで行なわれたゴールデンスピンではフリースケーティングで全てのジャンプを成功させ優勝した。全日本選手権では4位となり、四大陸選手権への派遣が決まった。四大陸選手権では、ショートプログラムはクリーンで完成度の高い演技で自己ベストを大きく更新して4位につけるも、フリースケーティングで崩れ7位に終わった。

2012-2013シーズン、初戦としてオンドレイネペラトロフィーに出場し優勝する。グランプリシリーズはスケートアメリカと中国杯にエントリー。スケートアメリカではフリースケーティングと総合得点で自己ベストを更新し3位、グランプリシリーズ初のメダルを獲得した。続く中国杯では、ショートプログラムと総合得点で自己ベストを更新してグランプリシリーズ初優勝。またそれにより初のグランプリファイナル出場を決めたもののファイナルは最下位の6位。全日本選手権も9位に終わった。

ソチオリンピックで5位入賞

2013-2014シーズンよりコーチ陣に大西勝敬を加え、練習拠点を米国から大阪に移した町田がコーチ変更 大西氏、ソチに帯同 。また体幹を強化するため木村雅浩トレーナーの元で体幹トレーニングを行う。かつてフィギュア種目だった氷上で課題の図形通りに滑る正確さなどを競う規定種目(コンパルソリー)を重視し、基本練習を行い4回転ジャンプの精度を上げた。

スケートアメリカではショートプログラム、フリースケーティングともに自己ベストを大幅に更新する演技で自身2度目のグランプリシリーズの優勝を飾った。続くロステレコム杯ではショートプログラムは2位、フリースケーティングでは1位となり逆転優勝。2年連続のグランプリファイナル出場を決めた。グランプリファイナルでは、ショートプログラムでジャンプのミスが影響し6位。フリースケーティングでは自己ベストに迫る得点を出すも、総合4位に終わった。全日本選手権ではショートプログラム、フリースケーティング共に全てのジャンプを成功させ、非公認ながら自己ベストを大きく上回る得点で総合2位となり、自身初の全日本選手権でのメダルを獲得。同時にソチオリンピック、世界選手権の代表にそれぞれ初めて選出された。その後、オリンピックでは帯同できるコーチの人数に制限があるため、メインコーチを大西勝敬に変更し、アンソニー・リュウ、秦安曇との師弟関係を解消した。

2014年2月開催のソチ五輪・団体戦は男子シングルのフリースケーティングに出場し、3位(最終的に日本代表は5位)。個人戦・男子シングルではショートプログラムでミスが出て11位と出遅れたものの、フリーでは4位と大きく挽回、五輪メダル獲得はならなかったが総合5位入賞を果たした。

世界選手権で銀メダル獲得

同年3月、日本・さいたま市で開催の世界選手権では、ショートプログラムで完璧な演技を披露し、自己ベストを大幅に更新して首位に立った。フリーでもほぼミスのない内容で自己ベストをマークするも、羽生結弦(ソチ五輪金メダリスト)に僅か0.33点の差で惜しくも逆転されてしまい総合2位に下がったが、銀メダルを獲得(世界選手権男子シングルで日本人メダリストとしては史上6人目、世界選手権初出場で2位は日本男子シングルで歴代最高位となる(2019年1月現在))。さらに日本男子シングル史上初となる、世界選手権でのワンツーフィニッシュを達成した。

2014-2015シーズンは、初戦のスケートアメリカで2位に30点以上の差をつけて優勝。スケートアメリカ二連覇で、GPシリーズ4勝目を挙げた。

突然の現役引退

2014年全日本選手権で4位に入り、2015年世界フィギュアスケート選手権(中華人民共和国:上海市)の男子シングル日本代表に当初2年連続で選ばれた。だが町田は、日本代表選手発表の場で突如自ら「全日本選手権を以て引退することを本日決断しました」と、世界選手権への出場辞退と同時に、現役を引退することを電撃発表した町田樹が突然の引退表明 大学院進学 研究者目指す スポーツニッポン 2014年12月28日閲覧。これに伴い、世界フィギュア選手権代表選手は町田から無良崇人に変更された世界フィギュア代表に羽生、村上ら 引退の町田に代わり無良が出場 スポーツニッポン 2014年12月28日閲覧。

競技引退後

プロフィギュアスケーター・振付家として

「今後も研究活動の一環として、アイスショー等での演技や創作活動を必要最小限の数の舞台において、経験させて頂きたいと考えております」と言及した現役引退発表から4か月後の2015年4月、プリンスアイスワールド横浜公演にゲスト出演。この際、一大学院生の立場から、ファンからの花束・手紙・プレゼント等の一切を辞退すると表明した町田樹氏が電撃引退後初のアイスショー デイリースポーツ 2015年4月25日記事。

以来、大学院での研究活動の傍ら、プロフィギュアスケーターとして「プリンスアイスワールド」「カーニバル・オン・アイス」等のアイスショーに出演し、自身振付による作品を披露。(『白夜行』、『Je te veux』町田樹 公式サイト JE TE VEUX - 2015年8月7日閲覧、『継ぐ者』町田樹 公式サイト 継ぐ者 (THE INHERITOR) - 2015年6月22日閲覧 、『あなたに逢いたくて (Missing You)』2016 Spring - あなたに逢いたくて (Missing You) | Tatsuki Machida 町田 樹 OFFICIAL WEB SITE - 2016年10月12日閲覧、『“Ave Maria” by Chris Botti』2016 Autumn - “Ave Maria” by Chris Botti | Tatsuki Machida 町田 樹 OFFICIAL WEB SITE - 2016年10月12日閲覧、『Don Quixote Gala 2017:Basil’s Glory』2017 Spring - Don Quixote Gala 2017:Basil’s Glory | Tatsuki Machida 町田 樹 OFFICIAL WEB SITE - 2017年5月15日閲覧、『Swan Lake:Siegfried and His Destiny』2017 Autumn - Swan Lake:Siegfried and His Destiny | Tatsuki Machida 町田 樹 OFFICIAL WEB SITE - 2018年1月30日閲覧、『ボレロ:起源と魔力』2018 Spring - Boléro:origine et magie | Tatsuki Machida 町田 樹 OFFICIAL WEB SITE - 2018年5月3日閲覧、『ダブル・ビル:そこに音楽がある限り』、『人間の条件――マーラー・アダージェット』)

学業専念のため、2018年10月6日のジャパンオープンおよびカーニバル・オン・アイス出演をもってフィギュアスケーターとしての25年間のキャリアに幕を下ろしたJapan Open 2018およびCarnival on Ice 2018出演のお知らせ - News | Tatsuki Machida 町田 樹 OFFICIAL WEB SITE - 2018年6月16日閲覧町田樹さん プロフィギュアスケーター引退を表明 学業専念のため 10・6最後の演技 - スポニチアネックス、2018年6月15日記事。

2019年10月14日に、新書館より作品集「そこに音楽がある限り — フィギュアスケーター・町田樹の軌跡」(Atelier t.e.r.m編著)が出版された。

2021年5月14日に、新書館より作品集Blu-ray「氷上の舞踊芸術 — 町田樹 振付自演フィギュアスケート作品 Prince Ice World映像集2013-2018」(Atelier t.e.r.m編著)が発売された。

研究活動

関西大学卒業。2015年4月に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程へ進学。2017年3月に修士論文「著作権法および産業論から観たフィギュアスケート」を早稲田大学へ提出し修士(スポーツ科学)の学位を取得。同年4月から同大学博士後期課程、2020年3月修了。博士(スポーツ科学)の学位を取得。博士論文のテーマは「アーティスティックスポーツのマネジメントに関する学際的考究の可能性 —— フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化経済学」。

アーティスティック・スポーツ(芸術的スポーツ)の研究に取り組む。専門分野はスポーツ&アーツマネジメント、身体芸術論、スポーツ文化論、文化経済学、知的財産法。

2017年度、日本体育・スポーツ経営学会最優秀発表賞、文化経済学会〈日本〉大会優秀発表賞。2019年度、早稲田大学濱野吉生記念褒賞。2020年度、日本知財学会優秀論文賞、日本体育・スポーツ経営学会 学会賞。

2018年4月から2020年9月まで、慶應義塾大学環境情報学部非常勤講師、法政大学スポーツ健康学部非常勤講師。2020年10月より國學院大學人間開発学部健康体育学科助教。

学究活動と並行して、コラム執筆、アイスショー解説等の社会活動もおこなっているSport Management Studies スポーツマネジメント研究 | Tatsuki Machida 町田 樹 OFFICIAL WEB SITE - 2018年1月30日閲覧。

継承プロジェクト

過去に振付、披露された演技を、別のスケーターにそのまま継承していくという新たな試みに取り組んでいる(「上演権許諾制度」を実践するという試み)。第1弾作品は「ジュ・トゥ・ヴ(Je te veux)」(振付:町田樹 2014年)、スケーターは田中刑事。

主な戦績

シニア

大会/年 2009-10 2010-11 2011-12 2012-13 2013-14 2014-15
冬季オリンピック 5
世界選手権 2 辞退
四大陸選手権 2 7
全日本選手権 4 6 4 9 2 4
GPファイナル 6 4 6
GPエリック杯 2
GPスケートアメリカ 3 1 1
GPロステレコム杯 11 1
GP中国杯 5 1
GP NHK杯 7
アジアフィギュア杯 1
プランタン杯 2
ネペラ記念 1
ゴールデンスピン 1
ネーベルホルン杯 1 棄権
トリグラフ杯 1
冬季アジア大会 4
NRW杯 6

ジュニア

大会/年 2003-04 2004-05 2005-06 2006-07 2007-08 2008-09
全日本選手権 13 7
冬季ユニバーシアード 5
世界Jr.選手権 9
全日本Jr.選手権 12 7 5 1 7 2
JGPマドリード杯 3
JGPジョン・カリー記念 1
JGPウィーン杯 9
JGPリベレツ 2
JGPメキシコ杯 4
JGPバルト杯 7
JGPタリン杯 10
JGPクールシュベル 7
ガルデナスプリング杯 5 1

詳細

プログラム使用曲

シーズン SP FS EX
2014-2015町田吐くほど緊張?新エキシビション披露町田樹選手、今シーズンのプログラム発表 テーマは“極北” ヴァイオリンと管弦楽のための幻想曲映画『ラヴェンダーの咲く庭で』より作曲:ナイジェル・ヘス振付:フィリップ・ミルズ 交響曲第9番作曲:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン振付:フィリップ・ミルズ ジュ・トゥ・ヴー作曲:エリック・サティ振付:町田樹テレビドラマ『エデンの東』より〜セレブレイション〜作曲:リー・ホールドリッジ振付:フィリップ・ミルズ
2013-2014 テレビドラマ『エデンの東』より作曲:リー・ホールドリッジ振付:フィリップ・ミルズ バレエ音楽『火の鳥』より作曲:イーゴリ・ストラヴィンスキー振付:フィリップ・ミルズ 白夜を行く テレビドラマ『白夜行』より作曲:河野伸振付:町田樹ドント・ストップ・ミー・ナウ演奏:クイーン振付:荻山華乃映画『ロシュフォールの恋人たち』より作曲:ミシェル・ルグラン振付:宮本賢二テレビドラマ『エデンの東』より〜セレブレイション〜作曲:リー・ホールドリッジ振付:フィリップ・ミルズ
2012-2013フィギュアスケート企画 表現に自信、新たな“実験”へ, 大阪日日新聞, 2012年9月12日更新フィギュアスケート企画 準備順調「火の鳥」勝負, 大阪日日新聞, 2012年9月13日更新 F・U・Y・A演奏:C2C振付:ステファン・ランビエール 映画『ロシュフォールの恋人たち』より作曲:ミシェル・ルグラン振付:宮本賢二
2011-2012 ロシア民謡『黒い瞳』より振付:宮本賢二 バレエ音楽『ドン・キホーテ』より作曲:レオン・ミンクス振付:ステファン・ランビエール ドント・ストップ・ミー・ナウ演奏:クイーン振付:荻山華乃アランフエス協奏曲作曲:ホアキン・ロドリーゴ振付:荻山華乃
2010-2011 映画『カサブランカ』より作曲:マックス・スタイナー振付:阿部奈々美映画『レジェンド・オブ・フォール/果てしなき想い』より作曲:ジェームズ・ホーナー振付:阿部奈々美 ドント・ストップ・ミー・ナウ演奏:クイーン振付:荻山華乃映画『ハッピー フィート』より愛にすべてをボーカル:ブリタニー・マーフィマイ・ウェイボーカル:ロビン・ウィリアムズ振付:荻山華乃
2009-2010 Celos (タンゴ・ジェラシー)作曲:ヤコブ・ゲーゼ演奏:葉加瀬太郎振付:荻山華乃 映画『カサブランカ』より作曲:マックス・スタイナー振付:阿部奈々美 映画『ハッピー フィート』より愛にすべてをボーカル:ブリタニー・マーフィマイ・ウェイボーカル:ロビン・ウィリアムズ振付:荻山華乃
2008-2009「2008全日本選手権レポート 男子シングル」『フィギュアスケートDays vol.8』ダイエックス出版、2009年2月、pp.26-29 Peach〜Ashihara Story〜 (ex. 004)演奏:PE'Z振付:荻山華乃バレエ音楽『白鳥の湖』より作曲:ピョートル・チャイコフスキー振付:荻山華乃 -
2007-2008『Cutting Edge 2008』p.82 ブギウギ・ビューグル・ボーイ演奏:アンドリュース・シスターズ振付:佐藤紀子 -
2006-2007 プッシュ・ザ・リミッツ作曲:エニグマ振付:荻山華乃 レッド・ヴァイオリン 『アランフエス協奏曲』より作曲:ホアキン・ロドリーゴ編曲・演奏:川井郁子振付:荻山華乃 ファインド・ラヴ作曲:エニグマ振付:荻山華乃
2005-2006 -
2004-2005 映画『スピード』より作曲:マーク・マンシーナ振付:荻山華乃 映画『座頭市』より作曲:鈴木慶一振付:荻山華乃 -

著書

単著

共著

寄稿

出演

  • 町田樹のスポーツアカデミア(2021年-、J SPORTS)

関連書籍

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2021/06/27 11:16 UTC (変更履歴
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