矢野貴章 : ウィキペディア(Wikipedia)
矢野 貴章(やの きしょう、1984年4月5日 - )は、静岡県浜松市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・栃木SC所属。 ポジションはフォワード、ディフェンダー。元日本代表。マネジメント会社はサニーサイドアップ。
実兄の矢野晴之介は現在、日本体育大学サッカー部の監督を務める初先発・ビューティー川澄2発/女子W杯 - サンケイスポーツ、2011年7月15日。
来歴
クラブ
プロ入り前
小学生時代はジュビロ浜北サッカースクールおよび静岡大学附属浜松サッカー少年団に在籍。中学生時代に在籍したヤマハジュビロSSではサイドバックを務めていたが、浜名高校在籍時にフォワードにコンバートされた日刊スポーツ 高校サッカー2002 金の卵を探せ!注目選手紹介 第6回 矢野貴章(浜名3年)。2001年にはU-17日本代表としてU-17世界選手権に出場し、5-1と大敗したフランス戦でゴールを決めた。2002年は、ジュビロ磐田の強化指定選手に登録された。
柏レイソル
高校卒業時には4クラブから誘われた中からJ1・柏レイソルに入団「止める蹴るしゃべる」『週刊サッカーマガジン』ベースボールマガジン社、2003年9月30日号 No.941、61-63ページ。プロ1年目の2003年開幕戦から先発メンバーに抜擢されるなどリーグ戦18試合に出場したが、2004年の試合出場はわずか9分に留まり、2005年もシーズン前半はベンチ外が続いたが、6月にU-21日本代表としてトゥーロン国際大会に参加したことが転機となり、シーズン後半はコンスタントに出場するようになった人 of the Week『週刊サッカーマガジン』ベースボールマガジン社、2005年8月9日号 No.1037、66ページ永田充×矢野貴章 対談『週刊サッカーマガジン』ベースボールマガジン社、2006年2月7日号 No.1063、96-97ページ。しかし、J1・J2入れ替え戦に柏が敗れたため、柏のJ2降格が決定した。
アルビレックス新潟
2006年、永田充と共にアルビレックス新潟に完全移籍。2009年は3トップの右ウィング及びセンターで起用され、プロ入り後最多のリーグ戦8得点を記録した。2010年は副将に就任し、状況によりゲームキャプテンを務めることもあった。
SCフライブルク
2010年8月27日、ブンデスリーガのSCフライブルク公式サイトにて、同クラブとの契約が発表され、夢だった海外移籍を実現。代理人は長谷部誠、香川真司らと同じトーマス・クロート。9月11日、VfBシュトゥットガルト戦でブンデスリーガデビューを果たすも、その後はレギュラーの座を掴めず、2010-11シーズンは主に途中投入で15試合に出場するも無得点に終わった。翌2011-12シーズンは、ベンチ入りすることもままならず、2011年12月20日にクラブから戦力外通告を受けた。その後、ドイツクラブへの移籍やスイス2部・FCアーラウのトライアウトの参加など去就が報じられたが、いずれも契約には至らなかった。
アルビレックス新潟 (2次)
2012年2月8日、古巣新潟への完全移籍での復帰が発表された。背番号は前回所属時の11番をFWブルーノ・ロペスが背負っていたため、空いていた9番を背負うこととなった。1年半ぶりの復帰となった新潟ではリーグ戦開幕から未勝利のまま低迷していたチームの初勝利となった第6節セレッソ大阪戦で決勝点を挙げるなどしたものの、出場したリーグ戦30試合は主に途中出場で、得点も2得点に留まるなど、低迷したチームの中、期待通りの活躍が出来ずにシーズンを終えた。
名古屋グランパス
2013年、名古屋グランパスに完全移籍。3月23日、ナビスコカップ第2節サガン鳥栖戦で決勝点となる移籍後初ゴールを決めた。リーグ戦序盤は負傷のジョシュア・ケネディに代わる長身FWとして先発出場を続けていたが、これが機能せず名古屋が低迷の末に陥った悪循環 中断期間中に求められる攻撃の整備 スポーツナビ (2013年5月24日)、ケネディ復帰以後は途中出場が主となった選手出場記録 Jリーグ (2013年12月7日)。2014年からは守備陣に故障者が相次ぐチーム事情もあり、主に右サイドバックや右サイドハーフで起用されることが多くなった 共同通信 (2014年5月1日)。2016年には右SBに古林将太が加わったが定位置を譲らなかった。またボスコ・ジュロヴスキー監督時代には前線で起用される試合もあった。
アルビレックス新潟 (3次)
2017年より古巣・新潟に復帰。同年8月5日、第20節の横浜Fマリノス戦で、史上49人目となるJ1リーグ通算350試合出場を達成した。
自身初のJ2で戦うことになった2018年より登録ポジションをFWに変更した。2019年を持って新潟を契約満了により退団。
栃木SC
2020年より栃木SCへ加入。
日本代表
2007年3月には日本代表に初招集され、3月24日のペルー戦で国際Aマッチ初出場を果たした。また、9月11日の3大陸トーナメント・スイス戦で代表初得点を挙げた。
2010年5月10日、2010 FIFAワールドカップの最終登録メンバーに選出される。事前に予想されていなかったサプライズ選出であり、新潟在籍選手としては初のW杯メンバーとなった。6月14日に行われたグループリーグ第1戦のカメルーン戦に、後半37分から大久保嘉人との交代で出場した。
プレースタイル
フォワードとしては長身を生かした空中戦や身体を張ったプレーだけでなく、ドリブル突破、スペースへの飛び出しを得意とする『週刊サッカーマガジン増刊 2007 J1&J2リーグ選手名鑑』(ベースボール・マガジン社) 、『週刊サッカーダイジェスト』(日本スポーツ企画出版社)2008年6月17日号 No.953 p29等の記述によった。また、豊富な運動量や前線からの守備が得意であり、チームの為に労を惜しまない選手である『週刊サッカーマガジン増刊 2008 J1&J2リーグ選手名鑑』(ベースボール・マガジン社)の記述によった。その一方で、シュート精度に課題があり、J1リーグ戦におけるシュート決定率や90分平均得点は低いものとなっているがTBS スーパーサッカー の選手データによった、殆ど角度のない位置からのシュート(通称:貴章ゾーン)を決める事が多い選手でもある。
エピソード
- 父親が亡くなった直後に試合に出場してゴールを決め、その試合をたまたま見ていた関係者の目にとまり、日本代表に選出された。
- 2010年W杯メンバーに選出されたとき、岡田武史監督(当時)はFWである矢野に、フィジカルとセットプレー時の守備に期待していると語っていた。
所属クラブ
- ジュビロ浜北サッカースクール付属少年団
- 1997年 - 1999年 ヤマハジュビロSS浜北ジュニアユース
- 2000年 - 2002年 静岡県立浜名高校
- 2002年 JPN ジュビロ磐田 (強化指定選手)
- 2003年 - 2005年 JPN 柏レイソル
- 2006年 - 2010年8月 JPN アルビレックス新潟
- 2010年8月 - 2012年2月 GER SCフライブルク
- 2012年2月 - 同年12月 JPN アルビレックス新潟
- 2013年 - 2016年 JPN 名古屋グランパス
- 2017年 - 2019年 JPN アルビレックス新潟
- 2020年 - JPN 栃木SC
個人成績
|- |2003||rowspan="3"|柏||rowspan="3"|18||rowspan="8"|J1||18||2||2||0||0||0||20||2 |- |2004||2||0||1||0||1||0||4||0 |- |2005||19||2||1||0||2||0||22||2 |- |2006||rowspan="5"|新潟||rowspan="5"|11||33||6||6||1||2||1||41||8 |- |2007||33||7||6||1||1||0||40||8 |- |2008||33||6||3||0||2||0||38||6 |- |2009||33||8||1||0||4||5||38||13 |- |2010||20||3||2||0||0||0||22||3
|- |2010-11||rowspan="2"|フライブルク||rowspan="2"|22||rowspan="2"|ブンデス1部||15||0||colspan="2"|-||0||0||15||0 |- |2011-12||0||0||colspan="2"|-||0||0||0||0
|- |2012||新潟||9||rowspan="6"|J1||30||2||4||0||2||0||36||2 |- |2013||rowspan="4"|名古屋||rowspan="7"|19||29||1||5||1||1||0||35||2 |- |2014||26||2||6||1||4||0||36||3 |- |2015||28||3||7||0||0||0||35||3 |- |2016||31||2||3||0||0||0||34||2 |- |2017||rowspan="3"|新潟||23||1||0||0||1||0||24||1 |- |2018||rowspan="7"|J2||39||5||2||1||0||0||41||6 |- |2019||32||2||colspan="2"|-||1||0||33||2 |- |2020||rowspan=5|栃木||rowspan=5|29||37||7||colspan="2"|-||colspan=2|-||37||7 |- |2021||41||4||colspan="2"|-||1||0||42||4 |- |2022||36||7||colspan="2"|-||0||0||36||7 |- |2023||26||2||colspan="2"|-||0||0||26||2 |- |2024||26||0||0||0||1||0||27||0 358||45||47||4||20||6||425||55 237||27||2||1||3||0||242||28 15||0||colspan="2"|-||0||0||15||0 610||72||49||5||23||6||682||83 |}
- 2002年は強化指定選手として公式戦出場は無し。
その他の公式戦
- 2005年
- J1・J2入れ替え戦 2試合0得点
- Jリーグ初出場 2003年3月22日 J1-1st-1節 vsFC東京 (味の素スタジアム)
- Jリーグ初得点 2003年4月20日 J1-1st-4節 vsセレッソ大阪 (日立柏サッカー場)
代表歴
- A代表初出場 2007年3月24日 キリンチャレンジカップ vsペルー (日産スタジアム)
- A代表初得点 2007年9月11日 三大陸対抗サッカー大会 vsスイス (クラーゲンフルト / オーストリア)
出場大会など
- U-17日本代表
- 2001 FIFA U-17世界選手権 (出場2試合・1得点)
- U-19、U-20日本代表
- AFCユース選手権2002 (出場5試合・2得点)
- A代表
- アジアカップ2007 (出場3試合・0得点)
- 2010 FIFAワールドカップ南アフリカ大会 (出場1試合・0得点)
試合数
- 国際Aマッチ 19試合 2得点 (2007年 - 2010年)
|- |2007||7||1 |- |2008||5||0 |- |2009||4||1 |- |2010||3||0 |- !通算 |19||2 |}
出場
No. | 開催日 | 開催都市 | スタジアム | 対戦国 | 結果 | 監督 | 大会 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1. | 2007年3月24日 | JPN 横浜 | 日産スタジアム | ○2-0 | イビチャ・オシム | キリンチャレンジカップ2007 | |
2. | 2007年6月1日 | JPN 袋井 | 静岡県小笠山総合運動公園スタジアム | ○2-0 | キリンカップサッカー2007 | ||
3. | 2007年7月21日 | VNM ハノイ | ミーディン国立競技場 | ○1-1(PK4-3) | AFCアジアカップ2007 | ||
4. | 2007年7月25日 | ●2-3 | |||||
5. | 2007年7月28日 | IDN パレンバン | ゲロラ・シュリーヴィジャヤ・スタジアム | ●0-0(PK5-6) | |||
6. | 2007年9月7日 | AUT クラーゲンフルト | ヴェルターゼー・シュターディオン | ●0-0(PK3-4) | 3大陸トーナメント | ||
7. | 2007年9月11日 | ○4-3 | |||||
8. | 2008年1月26日 | JPN 新宿 | 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 | △0-0 | 岡田武史 | キリンチャレンジカップ2008 | |
9. | 2008年2月23日 | CHN 重慶 | 重慶市奥林匹克体育中心 | △1-1 | 東アジアサッカー選手権2008 | ||
10. | 2008年5月24日 | JPN 豊田 | 豊田スタジアム | ○1-0 | キリンカップサッカー2008 | ||
11. | 2008年6月7日 | OMN マスカット | ロイヤル・オマーン・ポリス・スタジアム | △1-1 | 2010 FIFAワールドカップ・アジア3次予選 | ||
12. | 2008年6月14日 | THA バンコク | ラジャマンガラ・スタジアム | ○3-0 | |||
13. | 2009年5月27日 | JPN 大阪 | 長居陸上競技場 | ○4-0 | キリンカップサッカー2009 | ||
14. | 2009年5月31日 | JPN 新宿 | 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 | ○4-0 | |||
15. | 2009年6月6日 | UZB タシュケント | パフタコール・マルカジイ・スタジアム | ○1-0 | 2010FIFAワールドカップ最終予選 | ||
16. | 2009年6月17日 | AUS メルボルン | メルボルン・クリケット・グラウンド | ●1-2 | |||
17. | 2010年4月7日 | JPN 大阪 | 長居陸上競技場 | ●0-3 | キリンチャレンジカップ2010 | ||
18. | 2010年5月24日 | JPN さいたま | 埼玉スタジアム2002 | ●0-2 | |||
19. | 2010年6月14日 | ZAF ブルームフォンテーン | フリーステイト・スタジアム | ○1-0 | 2010 FIFAワールドカップ |
ゴール
No. | 開催日 | 開催都市 | スタジアム | 対戦国 | 結果 | 大会 |
---|---|---|---|---|---|---|
1. | 2007年9月11日 | AUT クラーゲンフルト | ヴェルターゼー・シュターディオン | ○4-3 | 3大陸トーナメント | |
2. | 2009年5月31日 | JPN 新宿 | 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 | ○4-0 | キリンカップサッカー2009 |
関連項目
- 特別指定選手としてJリーグクラブに登録された選手一覧
- ジュビロ磐田の選手一覧#アカデミー出身者
- 柏レイソルの選手一覧
- アルビレックス新潟の選手一覧
- 名古屋グランパスエイトの選手一覧
- 栃木SCの選手一覧
- ドイツ・ブンデスリーガに所属する日本人サッカー選手一覧
外部リンク
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2024/11/20 02:56 UTC (変更履歴)
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