無垢で透明で無⾊のような北村匠海、林裕太とのセッション、綾野剛からの提案 「愚か者の身分」永⽥琴監督のインタビュー、独占入手
2025年10月9日 14:00

北村匠海、林裕太、綾野剛が、第30回釜山国際映画祭のメインコンペティション部門で最優秀俳優賞を受賞した逃亡サスペンス「愚か者の身分」から、永田琴監督のインタビューを、映画.comが独占入手。本作にかける熱い思い、そしてキャスト3人との撮影中のセッションなどを語った。
本作は、永田監督と、Netflixドラマ「今際の国のアリス」シリーズや「幽☆遊☆白書」などを手がけたプロデューサー集団「THE SEVEN」が、「マルチの子」の西尾潤氏のデビュー作で、第2回大藪春彦新人賞を受賞した同名小説(徳間文庫刊)を映画化するもの。貧しさから闇ビジネスの世界に足を踏み入れ、抜け出せなくなった3人の若者たちの運命と、友との絆を描く。
SNSで女性を装い、言葉巧みに身寄りのない男性たち相手に個人情報を引き出し、戸籍売買を日々行うタクヤ(北村)とマモル(林)。彼らは劣悪な環境で育ち、気付けば闇バイトを行う組織の手先になっていた。闇ビジネスに手を染めているとはいえ、時にはバカ騒ぎもするふたりは、ごく普通の若者であり、いつも一緒だった。タクヤは、闇ビジネスの世界に入るきっかけとなった兄貴的存在の梶谷(綾野)の手を借り、マモルとともにこの世界から抜け出そうとする。

メガホンをとった永田監督は、岩井俊二監督の下で⻑年、助監督として活躍し、⼈間ドラマを巧みに描くことに定評がある。2004年にオムニバス映画「恋⽂⽇和」で劇場公開作品の監督デビュー後、映画「Little DJ ⼩さな恋の物語」「全員、⽚想い」、WOWOWドラマ「分⾝」「変⾝」「⽚想い」、配信ドラマ「東京ラブストーリー」などを手がけてきた。

原作者の⻄尾潤さんから⼩説を薦められ、最初に⼤藪春彦賞を受けた80ページ版を読んだんです。その時は映像的で⾯⽩いと思いつつも企画化までは考えていませんでしたが、コロナ禍で半グレや若者の貧困のニュースに触れるなか、「なぜ若者は犯罪の道に進んでしまうのか」「更⽣は不可能なのか」というテーマが⾃分のなかで⼤きくなっていきました。
そんななか、企画として検討するも、テーマがやや男社会的でもあっため、進め⽅に悩み、1年ほど経過。プロットを練りつつも「どう動かすか」と模索していた頃、脚本家の向井康介さん(「ある男」「悪い夏」)さんと出会いました。男性の視点で書いてほしいと感じていたので、思い切って原作を読んでもらい、交流が始まりましたが、出資先はなかなか⾒つからずで。

そんなときに転機となったのが、本作のプロデューサーでもある、「THE SEVEN」の森井輝さん。最初は別の企画を話していましたが、森井さんが「トー横」「歌舞伎町」といった題材に関⼼を持っていると知り、「実はこんな企画もあります」と「愚か者の⾝分」を⾒せると、「これは⾯⽩い、ぜひやりたい」と即決! その瞬間から企画は⼀気に動き出しました。まさか⾃分が抱えていたテーマを拾ってもらえるとは思っていなかったので驚きましたが、そこからは本当に早くて、ようやく形にできる⼿応えを得ることができました。

シーン毎、前後の流れや「この⼈はこう思っているじゃないか?」みたいな⼼情の確認を、かなりしっかり役者たちと話し合いました。普段は現場に⼊ってから話すことが多いのですが、撮影した年(2024年)の夏はとにかく暑すぎて。外にいる時間をなるべく短くしたかったんです。撮影場所がほぼオーブンのなかみたいな状態で、これはまずいぞと。だから⾃然と私が役者の⽀度部屋に顔を出すことが増えましたね。
たとえばマモルとタクヤが⼀緒にアジを⾷べて、⾃然に肩を組もうとすると、マモルが「殴られる」と思って思わず避ける場⾯。台本だけ読むと「男同⼠でご飯⾷べていて、急に肩を抱き寄せるってどういう⼼情!?」と(笑)。映像で⾒ればスッと⼊ってくるけど、ともすると強引になってしまうシーンでした。だからふたりと「どういう位置関係なら⾃然か」「どんなテンションで肩を組むのか」といった細かいことまで、控え室で相談しつつ段取りをしました。

無垢で透明で無⾊のような、すごくニュートラルな⼈。最初はあまり⾃分を出さないけれど、親しくなってくると「あ、こういうのが好きなんだ」と少しずつ⾒えてくる。でも、基本的には本当に“まっさら”で来てくれる。だから、こちらの側の意⾒をいくらでも吸収してくれると感じました。
役者って⾯⽩くて、⾐装合わせのときに「気に⼊っているかどうか」が如実に出るんですよ。まだ“素”の状態なんですね。私は⾐装合わせをすごく⼤事にしていて、最初のセッションだと思っているんです。そこから相⼿の嗜好や感覚も掴めてくる。だけど今回は⾐装部が⽤意してくれたものが素晴らしくて、モノトーンを基調にしようと決めていたこともあり、ほぼ⼀発で決まりました。少し残念でしたが(笑)、でも北村匠海を掴むのには⼗分な時間でした。

マモルの気持ちを林裕太さんにどう表現してもらうか――とても難しいと感じるシーンがありました。例えば、橋の上に向かうマモルのシーンなんですが、その橋の上で「マモルは死を選ぶ可能性もあるのかも」と林さんが⾔ったとき、私は実は⾃殺を想定していなかったのでハッとしたんです。

私は、阪神⼤震災を経験しています。ちょうど、マモルくらいの年齢。震災時、周りに多くの死体を⽬の当たりにし、それでも⽣き残ってしまった⾃分がいて、そのとき、「⽣き残った以上、⽣きていくしかないんだな」と実感したんです。その経験を少し話してみたところ、林さんには響いたようで、「何か答えが⾒えた気がします」と⾔ってくれました。そして「ちょっとやってみるから⾒てほしい」という感じになったのかな。こうしたやりとりを通して、マモルには「⽣きるしかない」という感覚を持ってほしいということを、少しずつ伝えていきました。

梶⾕が乗る⾞の設定でも、綾野さんと印象的なやりとりがありました。梶⾕という⼈物は原作では闇ボクシングや半グレの要素をもつキャラクターなのですが、製作サイドからはある⾞種を提案されたんです。でも私は「ありきたりな⾞では撮影したくない!」と強く思っていて、むしろランクルのように少しワイルドで存在感のある⾞がいい、と考えていたんです。そこに綾野さんから「ランクルとか、ワゴニアとかどうですか?」と提案があって、⼀気に⾵向きが変わりました。

男社会的な空気のなかで「⼥には分からないだろ」みたいな雰囲気が流れていたのですが、綾野さんがそのアイディアを出してくれて本当にありがたかった。しかも画的にも映えるし、梶⾕らしさが⼀気に固まった瞬間でしたね。

テーマとしてあるのは、若者の貧困、そしてそこから犯罪に巻き込まれてしまう⼈たちのことです。これは知られているようで、実はあまり知られていない。私⾃⾝、四⼤を卒業して、どちらかというと恵まれた環境で育ったと思います。代理店や商社に⾏った、ある種エリートな友⼈たちは、⼦どもが⼤学⽣くらいの年齢になっていますが、彼らは「⾃分の⼦どもがそんな状況になる」なんて、まったく想像もしていない。犯罪なんて他⼈事なんです。でも実際には、何がきっかけで⼈がそういう状況に陥るのかは誰にもわからない。親⼦の仲の良さとも関係ないんです。その危うさを少しでも知ってほしいと思ったんです。
そしてもうひとつ考えたのは「本⼈たちが本当に欲しいものは何なのか」ということです。お⾦が欲しいと思っているようで、実はそうじゃない。犯罪を犯すとすぐに“悪⼈”とされて、バイ菌のように扱われる。でも本当にそうなのか? ⾦銭トラブルを起こしたとしても、 それは表⾯的なことに過ぎなくて、その奥には「⼼に埋められない寂しさ」みたいなものがある。半グレの⼦たちを⾒ても、欲しいものは本当のところお⾦ではないのでは?と思うんです。

この映画をいろんな⼈に⾒てもらえるように、映画の表現も「社会派!」と硬い⽅向に振るのではなく、あくまでエンタテインメントの形にしたかった。間⼝を広くすることで、普段そうしたテーマに関⼼のない⼈にも届くかもしれない。逆に⼩難しい“間⼝の狭い映画”にしてしまったら、結局は最初から知識や関⼼のある⼈しか見なくなる。それでは独りよがりの映画になってしまう。そうではなく、多くの⼈に楽しんでもらいながら、その裏にある現実や危うさを知ってもらいたい、そんな思いがあります。
「愚か者の身分」は、10月24日に全国公開。
(C)2025映画「愚か者の身分」製作委員会
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