【「エミリア・ペレス」評論】現実離れした設定や展開に“リアリティ”を与える<ミュージカル>という形式
2025年3月30日 14:00

1950年代に黄金期を迎えた<ミュージカル>は、ハリウッドのお家芸ともいえる“夢の世界”を描くジャンルだったが、1960年代になると人気が下火となり、社会性を持った<アメリカン・ニューシネマ>の台頭も伴って、“夢の世界”が駆逐されたという歴史がある。同じ頃、フランスではハリウッド製ミュージカルのエッセンスを悲哀物語に込めた「シェルブールの雨傘」(1964)を製作。全編を歌で語らせるという演出が評価され、第17回カンヌ国際映画祭ではグランプリに輝いたという経緯があった。
「エミリア・ペレス」(2024)は、性別適合手術によって新たな人生を渇望する麻薬カルテルのリーダー(カルラ・ソフィア・ガスコン)を描いた作品。それから4年後、大金と引き換えに極秘の依頼を受けていた弁護士リタ(ゾーイ・サルダナ)の前に、男性の肉体から解放された“エミリア”が現れたことから物語がさらに動き始める。暗黒街をモチーフにした本作にとって、暴力描写以上に重要な要素。それが、<ミュージカル>なのである。街を歩きながら己の内情を吐露するリタの言葉が、やがて雑踏の人々とシンクロして歌唱へと変化してゆく冒頭のシークエンス。或いは、法廷を後にした彼女が、清掃具を持った女性たちと合唱団を形成してゆくくだり。リタの“怒り”の感情と同期するかのように、歌は無防備な彼女にとって鎧となり、映像にもエネルギーを漲らせてゆくのである。
銃を組み立てる音が徐々にリズムを構成してゆく終盤の場面では、STOMPのようなアプローチも試みているが、斯様な作品をハリウッド製としてではなく、フランス映画として製作されている点も<ミュージカル>映画の系譜を感じさせる由縁。そして、前述の「シェルブールの雨傘」の背景にアルジェリア戦争の悲しい歴史が介在していたように、「エミリア・ペレス」の背景には麻薬戦争があることは、<ミュージカル>でありながら“夢の世界”とは無縁であることを再確認させる由縁にもなっている。本作の現実離れした設定や展開に、映画の中における“リアリティ”を与えている理由は、<ミュージカル>という形式で物語をラッピングしているからなのだ。また、あえて口ずさみたくなるような楽曲ではなく、物語に貢献するための楽曲として機能させている点も見逃せない。それが、リアリティとは乖離した展開に対する“野暮”のようなものを受容させ、不思議と無効にさせる源にもなっているからだ。
これまでもジャック・オーディアール監督は、「預言者」(2009)や「ディーパンの闘い」(2015)などにおいて、暴力渦巻く過酷な世界の中で“抗う人”を描いてきたが、「エミリア・ペレス」でも同様に“抗う人”を描いている。第97回アカデミー賞では最多ノミネート作品となりながらも、カルラ・ソフィア・ガスコンによる過日の誹謗中傷が仇となり、助演女優賞と歌曲賞の受賞に留まったという経緯がある。しかしそれは、作品そのものの評価を損なうものではない。むしろ、作詞を担ったジャック・オーディアールが歌曲賞に輝き、“オスカー受賞者”となったことに対する隔世の感を覚えるものなのである。
(C)2024 PAGE 114 – WHY NOT PRODUCTIONS – PATHE FILMS - FRANCE 2 CINEMA COPYRIGHT PHOTO : (C)Shanna Besson
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