目黒蓮主演「劇場版 トリリオンゲーム」の魅力を考察 映画評論家・関口裕子が紐解く【ネタバレあり】
2025年2月18日 11:00

目黒蓮と佐野勇斗がバディを組み人気を博したテレビドラマを映画化した「劇場版 トリリオンゲーム」が、2月14日から全国345館で封切られ、週末3日間の観客動員43万8000人、興行収入6億1600万円の大ヒットスタートを切った。
「『トリリオンゲーム』について考察記事が書きたい」。年が明けて間もなく、そう申し入れてきたジャーナリストがいた。キネマ旬報、Variety Japanで編集長を歴任してきた映画評論家の関口裕子氏だ。関口氏は、今作のどこに魅力を感じ、実際に本編を観賞し何を思ったか――。
こんなヒーローの物語、観たことがあっただろうか? そんな不思議な感覚に包まれる映画を観た。タイトルは「トリリオンゲーム」。そう感じた理由を解いていく。
「劇場版 トリリオンゲーム」は、予測不能なやり方で成り上がっていく若者二人を大胆に描いたノンストップ・エンタテインメントだ。稲垣理一郎原作、池上遼一作画の同名人気漫画をもとに、まずは2023年にドラマからスタート。原作にはない物語が、映画のために書き下ろされた。

物語をけん引するのは、口八丁手八丁、人たらし能力とハッタリで世界を覆そうとするハルこと天王寺陽(目黒蓮)と、気弱で心優しい凄腕エンジニアのガクこと平学(佐野勇斗)の2人。破天荒なハルは日本最大のIT企業ドラゴンバンクに内定したにもかかわらず、起業して世界トップ10企業の時価総額である1兆ドル(トリリオンダラー)超えを達成し、この世のすべてを手に入れようと、中学の同級生だったガクを誘う。
映画では冒頭、ガクはハルに連れ去られるように、行く先も告げられないままプライベートジェットに乗せられ、モンテネグロで開催されるカジノを訪れる。IT企業トリリオンゲームを作り、ECショップ、ゲーム、メディア、金融企業を傘下に収めたハルが、ロードマップの次なる野望を叶えるために必要とした場所だ。

彼はまず1口10億円するという招待枠へのハッキングをガクに依頼し、QRコードを手に入れる。何をするつもりなのかと問うガクに、ハルは“わがままの師匠”に会いに行くという。このプライベートカジノを仕切るのは、世界長者番付にも載るカジノ王のウルフ・リー(石橋凌)。ウルフは、“わがままを通すには、金が必要だ”ということを、身をもってハルに教えた師匠だ。

カジノを楽しみに来たわけではないハルは、命がけの方法でウルフとの会談をセッティングする。そのためにアクションシーンが登場する。舞台が海外、そして荒唐無稽であることが魅力なエンタテインメント作品ということもあり、武装した男たちに追われた二人は走り、飛び、蹴り、スライディングするなど切れのいいアクションを見せる。アクション構築もダイナミックで、見どころは多い。
ハルの目的は、日本初のカジノリゾート誘致。カジノ王のウルフと組んで、世界規模のカジノリゾートを建設しようとしている。現実でも、カジノリゾート運営は、環境、依存性など様々な観点から議論がなされ、運営事業者も免許が必須となる一筋縄ではいかない認可事業だ。映画では、誘致の候補地となる島の人々の理解を得ること、そしてライバルの財閥企業・宇喜多ホールディングスとの攻防が、物語のポイントなっていく。

こう語られる場面がある。「人間は2つ。支配する者とされる者」。もちろん“支配”とはおごった考え方だが、そもそも民主主義とは、有権者に代わって要望を具体的かつ忠実に実現していく代表者を選挙によって選ぶもの。我々は理想の未来を託す相手の選択を繰返し、現在を手にしている。島の人々も同じ。島の環境を変えないことを示すハルと、刷新することで未来を開こうとする宇喜多ホールディングス社長の宇喜多隼人(田辺誠一)。島民はどちらを選ぶかという選択を迫られ、ハルと宇喜多社長は島民に優位性を示すための頭脳戦を繰り広げる。
この辺で、謎が生まれてくる。ハルは何を目指そうとしているのだろうという。ハルには“世界一のわがまま男”というキャッチフレーズがあるが、果たしてハルはわがままなのだろうか。「わがまま」を辞典でひくと、「他人のことは考えず、自分の都合だけを考えること。またそのさま」(小学館デジタル大辞泉)。確かにハルは他人からの評価を気にすることなく行動するが、自分の都合のみを優先しているわけではない。むしろその逆。

例えば、ガクを誘って起業した際、それぞれ全財産10万円、計20万円を資本金とするも、ハルはその金で、座りっぱなしで作業するガクのために20万円のハーマンミラーの椅子を購入してくる。ガクは早くも資本金が尽きたことを心配するが、ハルは「最高のエンジニアには、最高の椅子がいる」とどこ吹く風。むしろこの椅子が、20万円を超えるアーロンチェアならハルは持ち出しだったはず。

ドラマ版の最後で、ガクを社長に据え、自分が姿をくらます理由もそうだ。ドラゴンバンク社のトリリオンゲーム社買収を回避しようと、ドラゴンバンクのインサイダー情報を流した責任を取ってハルは身を引く。表に出ないようにしていたのは、トリリオンゲーム社に迷惑をかけないため。ガクやトリリオンゲーム社初代社長の高橋凛々(福本莉子)、そして会社やそこで働く仲間たちには迷惑をかけたことも、裏切ったこともない。ハルの在り方は、一般的に考える“わがまま”とは大きく異なった。
ハルとは何か? たぶんトリリオンゲーム社が存在する世界のヒーローなのだろう。でも、英雄伝説は多くの場合、気の進まない旅へと駆り出されたヒーロー予備軍が、仲間と出会い、賢者の教えをヒントに、様々な苦難を乗り越え、世界を変える力を持つ何かを携え、少し成長して帰還する形で描かれる。これに沿って考えると、「トリリオンゲーム」のヒーローはガクということになる。
こうした英雄伝説の構成は、〈ヒーローズ・ジャーニー〉と呼ばれるもの。神話学研究者ジョゼフ・キャンベルが著書「千の顔をもつ英雄」で究明したものだ。この物語構成は、国や時代が異なっても、無限のバリエーションを持つだけで、ほぼ同じであることを指摘している。「ロード・オブ・ザ・リング」も、「スター・ウォーズ」も、ヤマトタケルだって同じ物語のバリエーション。「千の顔をもつ英雄」は、ハリウッドで映画作りを学ぶものが必ず接する参考書でもあり、〈ヒーローズ・ジャーニー〉の発想は、人の思考の原型といわれている。


でもハルの存在は、そんなヒーロー像とは異なる。彼の悩みや成長は、現段階ではほとんど描かれない。不思議な感覚に陥ったのは、この部分だった。近いのはガク。いや、むしろ二人が力を合わせることで世界を変える力を持つように描かれているのだろう。バディを演じた佐野勇斗の存在が絶妙だった。ヒーローとしてたった一人が存在することの現代的リアリティのなさを証明しているのかもしれない。
目黒蓮演じるハルには、当初から繊細さが感じられた。原作のハルにはない要素。先を見通す思考、恐れるべきを恐れる謙虚さ、一人が持てる力の限界を知る理性。そんなものの上にハルという人格があるのだと感じられた。ハッタリは、そんな繊細さを隠すようにかまされる。周りの人間は、ハッタリという煙幕によって、自分が恐れのない世界にいるように感じ、安心して活動する。そんな世界のベースを作り出す者としてハルは存在し、ガクが物理的にその要素を構築していく者として存在する。そんなヒーロー像。

「キネマ旬報」2月号のインタビューで、目黒蓮は「やっている側、つまりは僕がちゃんと気持ちを込めなかったら、観てくれる人の気持ちは絶対動かない」と語っている。クランクイン前は、役として生きる準備を入念に重ねるという目黒にとって、現段階では人物的背景が明かされていないハルは、手がかりの少ないキャラクターだったのではないか。どんな幼少期を送ってきたのか? なぜそんなにトリリオンダラーを稼ぎたいと思っているのか? なぜ仲間をこれほど大切に思うのか?

その理由はこの先に語られていくのかもしれない。Snow Manの歌う主題歌「SBY」を聴いたとき、そう強く感じた。ドラマ版のアップテンポな主題歌「Dangerholic」に続いて流れる「SBY」は、“絆”が作り出す未来へ“寄り添う”つもりであると明快に歌っているからだ。原作では大胆で破天荒だったハルを、フェミニンさすら感じさせる人物として目黒が自分のものにしたのは、そんな未来への布石なのではないか。村尾嘉昭監督の演出、プロデューサーや原作者の本作の提示の仕方にも、そんな意思を感じた。この映画は、大きな冒険への第一章に過ぎないのかもしれない。
映画ジャーナリスト、編集者、江戸オタク。キネマ旬報、ヴァラエティ・ジャパンの編集長を経て、フリーに。映画は深読みしたい。地理学や、時代、町の成り立ち、神話や宗教、心理学など様々なものを背景に。
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