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【「聖なるイチジクの種」評論】わたしたちは命懸けで製作された映画を目撃している

2025年2月16日 16:00

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画像1(C)Films Boutique

劇作家アントン・チェーホフによる作劇法のひとつに<チェーホフの銃>と呼ばれるものがある。それは、「物語の導入部で示された要素は、物語の後半でその意味や重要性を明示しなければならない」とする、文学技法におけるルールのようなものとして知られてきた。政府への抗議運動が加熱するイランを舞台にした「聖なるイチジクの種」(2024)では、机の上に転がされた8発分の銃弾を回収する手元の映像で幕が開ける。国家の公務に従事するイマン(ミシャク・ザラ)が、護身用に支給された拳銃に装填するためのものだ。彼は愛国心を買われて調査官に昇進したのだが、国家の指示に従って反政府デモ逮捕者への起訴状を捏造することを強いられる。不当な刑罰に対する市民の怒りの矛先が向けられた時には、己で身を守れというわけなのだ。今作のオープニングショットが銃弾であることは即ち、イマンの拳銃が重要なモチーフとなってゆく伏線にもなっているのである。

もうひとつ、重要なモチーフとなるのがヒジャーブ。公共の場でイスラーム教徒の女性たちが髪を隠すため、イラン国内での着用が義務付けられているスカーフのような布のことだ。今作では、警察の暴行によってクルド人女性が死亡したとされる2022年の事件をきっかけに、イラン各地で抗議デモが発生したという史実が巧みに物語へ組み込まれている。ヒジャーブを着用せずデモに参加した女性たちが不当に検挙されるという一部始終は、ソーシャルメディアによって映像が拡散。スマートフォンで撮影され、実際に投稿・共有された縦型の映像は、劇中にも引用されている。実際の映像をモンタージュすることで、現実とフィクションの境界を曖昧にさせながら断罪する。そういった厳しい視点を介在させているのも、今作の特徴に挙げられるだろう。

加えて、壁と壁との狭間を往く車を映し出した冒頭のショットや、「俺の立場をなくす気か?」と上司に名を汚すことを咎められ、食べ物をこぼしてシャツを汚すくだりなど、イマンの内面を視覚的演出によってメタファーを構築していることも窺わせる。元来リベラルだったイマンは己の良心を欺き、大衆から怒りの矛先を向けられるという重圧と、政府による監視・盗聴がもたらす疑心暗鬼から、抗議運動に理解を示す自分の娘たちと対立するようになる。その過程で忘れた頃に再登場するのが、護身用に支給された件の拳銃なのである。<チェーホフの銃>へ倣うかのように、今作では映画のちょうど中盤で、銃を紛失するという事件が起こるのだ。

モハマド・ラスロフ監督はイラン政府を批判したとして有罪判決を受け、自国を脱出して「聖なるイチジクの種」を出品。第77回カンヌ国際映画祭では審査員特別賞に輝いた。また、第97回アカデミー賞では国際長編映画賞の候補となるなど国際的に高い評価を得ている。一方、前作「悪は存在しない」(2020)では、第70回ベルリン国際映画祭の金熊賞に輝いたものの、イラン政府から国外渡航を禁じられていたため映画祭に参加できなかったという経緯があった。それだけに、わたしたちが目撃するのは、まさに“命懸け”で製作された映画なのである。今作における拳銃は、暴力のトリガー(引き金)であるかのように登場させている。暴力という恐怖で大衆を威圧する政権と同様に、リベラルだったはずのイマンもやがて拳銃を取り、暴力によって家族を服従させようとしてしまう姿は、決して他人事などではない。


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