【職業は映画監督と米農家】「侍タイムスリッパー」安田淳一監督、預金残高7000円になっても譲らぬ矜持
2024年10月2日 19:00
江戸時代の武士が現代の撮影所にタイムスリップし、時代劇の“斬られ役”として生きていく姿を描いたコメディー「侍タイムスリッパー」がインディーズ映画としては異例の大ヒットを記録している。本作のメガホンをとった安田淳一監督は、映画監督以外にも米農家という肩書の持ち主でもあるが、まさに現在は秋の収穫期。多忙な時期ではあったが、その合間をぬって安田監督へのインタビューを実施。「侍タイ」ブームに沸く現在の心境、そして監督の過去作「拳銃と目玉焼」「ごはん」と比べて変わったこと、そして変わらなかったことなどについて話を聞いた。(取材・文・撮影/壬生智裕)
安田:本当に何が起こるのか分からないですよね。親戚とかからテレビを観たよという連絡は来るようになりましたし、営業活動としてX(Twitter)で一生懸命いいねを押し続けているんですが、なんだか実感が沸かないというか。普段自分のやってることは、ウィークリーマンションの中でずっとパンフレットの原稿を書き続けていたり、先日からは実家の京都で稲刈りが始まったんで、稲を刈って乾燥して脱穀し、米袋をトラックに積んで届けたり……。(監督が経営する)油そば屋から報告が入ったら、発注する食材をお願いしたりと、普段と全然変わらないですよ。
それに僕自身、映画を撮る人は、自分自身がドリーマーやったら駄目だと思っているんです。作り手は現実をちゃんと見据えながら、夢を描かなあかんと思っています。自分自身が夢見人になったら駄目だなと。それは今までうまくいってなかったから、そう簡単に有頂天にはなったらあかんなと自重してる部分もあるかもしれないです。
安田:もちろん「カメ止め」みたいになったらいいなという思いで頑張ってきたんですが、自分が思ったよりだいぶスピードが早い。舞台挨拶に行かせていただくと、楽屋ではキャストの皆さんがすごくうれしそうで。その様子にみんなで頑張って良かったなと思っているんですが……。ただ「拳銃と目玉焼」の時も、「ごはん」の時も、一部熱狂的な支持はあったんですが、ここまでのことはなかった。とにかくビックリしているというか、ポカンとしている感じですね。
安田:撮影時は本当に大変でした。今回だいぶ無茶しましたからね。車も売りましたしね。本当に大変でした(笑)。
安田:やはり「拳銃と目玉焼」は、ターゲットをどこに向けて作ったらいいのか分からなかったから、40代後半の自分みたいな男性が面白がるものをつくろうと。そうしたら、ほんまに40代後半の男性だけが熱狂的に愛してくれはったわけですが、それこそ大赤字。次の「ごはん」は、地方の公民館で上映できるような映画にしたいなと思って。自分自身の人生と照らし合わせて、お米農家を継ぐ女の子の話を作ったんです。映画館での公開後、全国の公民館などで農業関係、教育関係、映画好きの団体、いろんなグループが自主上映して頂いて、36カ月も上映が続き1万2000人以上動員して製作費を回収しました。
そんなときに、仲間たちと「さぬき映画祭」のショートムービーコンペティションに参加したんです。グランプリ作品はお客さんの投票で決まるんですが、僕たちがつくった作品は2位とか3位にしかならなかった。最初はなんでかなと思っていたんですが、どうも観察してると、だいたい優勝する作品はみんながゲラゲラ笑うようなものだったんです。だったら僕も、3年目はちょっと笑えるやつにしようと思って。笑える作品にしたらグランプリをいただけた。やはりお客さんって笑えるものが好きなんやと思ったのと同時期くらいに、「カメ止め」の大ブームが起こった。劇場で「カメ止め」を観た時に、お客さんがゲラゲラ笑っていて。終わったときに拍手が起こるという現象を目の当たりにしたんです。その時に、やはりインディーズ映画でも、陽性の笑える映画だったら、インディーズの枠を超える広がりがあるんだなと実感して。次撮るときは絶対、笑いのある映画にしたいと思ったんです。
それで「カメ止め」は何が面白いんだろうと思って勉強してみたんですが、あの作品は前半37分でまかれた伏線を、後半でどんどん回収して爆笑をかっさらう。今まで見たこともないような構造がものすごく特殊だし、発明だなと思ったんです。そんな時、お侍さんが現在にタイムスリップしてくるというテレビのCMを見て、「ごはん」にも出ていただいた福本清三さんを思い浮かべました。タイムスリップした侍が、斬られ役を目指すという話だったら面白そうだなと思ったわけです。その時は普通の面白いだけのストーリーだったんですが、そこでお客さまが笑えるようなやつにしなきゃあかんなと思って。脚本を書く段階で、笑いの要素とクライマックス感を足していったという感じです。
安田:2023年の10月14日に、完成した映画を京都国際映画祭で上映したのですが、その時にお客さんがすごくゲラゲラ笑ってくれて。最後はものすごい熱狂的な拍手をくださった。これはもしかしたら「カメ止め」上映時の客席みたいな現象がここでも起こっているのではないかという感触があったんです。ただその時は明確にどういう方向に持っていこうか、というのは迷っていました。
それこそミニシアターで上映してもらうか、シネコンで上映してもらうか悩んだのですが、その時に「みぽりん」の松本大樹監督が、「安田さん、面白いのができたと思うなら、1回、シネマ・ロサさんで上映してもらって。そこで評価されてからシネコンやほかの劇場に持っていくという流れが一番スマートでやりやすいんじゃないか」と言ってくれて。それならばということで、ロサの担当の方に映画を観てもらいました。すぐにぜひやらせてほしいとお返事をいただいて、上映してもらえることになりました。
安田:担当の方とはZoomで打ち合わせをしたのですが、ロサとしては今年の「インディーズフィルム・ショウ」(※シネマ・ロサでインディーズ映画の注目作を上映する人気の特集上映プログラム)の大推薦作品として展開していきたいと。それも単なるヒットを狙うのではなく、大ヒットになるよう取り組んでほしいと言われました。具体的に何をするのかと聞いたところ、ほかの作品では、映画を観たお客さんにチラシを配ったりしていると言われて。ただこの映画に出ている人も、ある程度のベテランの方々なので。さすがにその方たちにチラシを配りましょうとはなかなか言えない。ただ僕自身はそういうのは全然平気だったので、「インディーズフィルム・ショウ」を観たばかりのお客さんに劇場の出入り口でチラシを配っていました。映画館の方でも予告編をけっこう流してくださっていたこともあり、反応も良くて。「絶対に観に行きます」と言ってくださる方も多かったですね。
安田:僕らも一般の映画館のことしか知らないわけなので、シネマ・ロサにどんなお客さまが来るのかよく分かっていなくて。ロサのお客さまは何回も映画を見て、応援してくれると聞いたのですが、そんなに何回も映画を観てくださるんだろうかと半信半疑でした。でもお見送りをしていくと、「もう5回目です」「6回目です」といった具合に声をかけてくださる方がいっぱいいて。
大手のシネコンさんで上映していただくことになったのも、編成担当の方や、配給のギャガの方たちが実際にロサに足を運んでくださった。そこでお客さんがゲラゲラ笑っていて、舞台挨拶もないのに拍手が沸き起こった様子を目の当たりにされた。これは! ということで声をかけてくださったんだと思うんです。やはりロサで大喜びしているお客さまと一緒に鑑賞してもらったのが良かった。劇場にもお客さまにも恵まれたなと思いますし、それは本当に幸運な環境だったなと思います。撮影スタッフもすごく献身的だったし、俳優さんたちにも恵まれた。そして劇場、配給、お客さんと、本当にいろんな方に助けていただいたなと思います。
安田:両方ともターゲットを絞りすぎていました。過去の作品も東京の単館から始めていたらまた違った展開もあったかと思いますが、「拳銃と目玉焼」の時は宣伝費もほとんどないのに、やみくもにシネコンでかけていただいた。そういうめちゃくちゃなやり方だったから、そりゃコケるわな……、というのは後から冷静に考えたら分かる(笑)。「ごはん」の時も宣伝費はほとんどなかった。4年かかって、ようやく回収することができました。
安田:それはありましたね。ただ36カ月上映してようやく回収できたというのも、商売としてうまいやり方ではない。それでもまあまあかな、と思っていたところに「カメ止め」のブームがあったので、いろいろと思うところもありました。みんな笑える映画が大好きなんだなと思いました。過去のプロモーションにしても、作品の中身にしても、反省するところは反省して、次に生かしたというところはありましたね。本当に「カメ止め」がなかったら絶対にここまでは来られなかったと思います。
安田:未来映画社(※安田監督のブランド)として方向性のぶれはないんです。インディーズのやり方として、テレビなどではできないようなエグい題材を取りあげて、一点突破するようなやり方もあると思います。でも未来映画社としては、そういうものではなく、あくまで子どもから、おじいちゃんおばあちゃんまで、家族で楽しめる作風で作っていきたいというのは一貫してあります。それは徐々にハッキリしてきたというところもあるんですけど、そこはぶれずにやってきました。僕らが子どもの頃に映画館で観ていたような映画にベンチマークを置いてやっていこうとは思っています。
安田:キャスティングもそうですが、僕自身がインディーズ映画をつくっていく上で一番根本にあるのが、簡単につくれるような映画では、お客さんの満足度が低い、と思っているからだと思います。「拳銃と目玉焼」だって僕らからしたら本当につくるのに大変な映画なんですよ。倉庫を借りたりとか、インディーズとしてはかなり難易度が高い。でもあれをやりきったからお客さんがある程度喜んでくれた。「ごはん」にしても自然相手ですからね。
安田:ずっと大変です。もう二度とやりたくない(笑)。何年もかかるんでね。この二本は両方とも台本なしで始めているんで。撮り方もムチャクチャだったんですけれども。それで今回は自主映画で時代劇なわけですから。誰がどう考えても無謀なんですよ。ただ僕の中で、この無謀をやり遂げたら、ある程度お客さんはびっくりしてくれるし、興味を持ってくれるし、楽しんで見てくれるなと思っていた。時代劇がどうというよりも、しんどい思いをして、無理じゃないかと思うようなことを乗り越えて撮ったものの方が、お客さんが喜んでくれるというのは経験則としてありました。
もう駄目というくらいにまで追い込まないと
安田:これは結局、監督自身も同じことなんです。監督が楽して撮ったやつは駄目なんですよ。やはり資金がない者が商業映画のクオリティを目指すなら、もう駄目というくらいにまで自分を追い込まないと。お客さんを喜ばすのはそんなに簡単なことじゃないんですよ。それくらいしないとお客さんには届かないんじゃないかなという感じはあります。
ただこれだけやっても運任せの要素が多すぎる。だからいくらヒットしてほしいなともくろんでつくっても、目論見通りに作品が軌道にのる確率は、今回の作品でも自分の肌感覚としては1割以下だと思います。その1割以下に全財産を突っ込むわけやから、そんなもん商売でもなく、ギャンブルですよね。だから本当に今回は運が良かっただけだと思っているので、どうしてもドヤ顔する気にはなれないんです。本当にいろんな方に助けていただいてここまで来たという実感が大きいです。
安田:それはお互いさまですよ(笑)。確かに現場ではぶつかり合ったり、話し合いを通り越してケンカの域に入ったりもしました。でもそれはみんな、この映画を面白くするにはどうしたらいいか、という感じで、同じ方向を向いたからだと思います。だから今は笑い話というか、今のほうが仲はいいですね。
安田:まずは農家として、ちゃんとしたお米をつくれるようになりたいというのもありますし。映画やドラマの企画も何本か温めているものもあるので、そういうお話があった場合にはいろいろ提案をしていきたいと思う。それと僕は「男はつらいよ」が大好きなので、いつか山田洋次監督に「侍タイムスリッパー」を観てもらいたいなというのは夢としてあります(笑)。寅さん、最高!
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