孤独の中で生きてきた高齢の同性愛者が初めて経験する出会いと別れのドキュメント「94歳のゲイ」 吉川元基監督に聞く
2024年4月19日 10:00
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かつて同性愛は治療可能な精神疾患とみなされ、差別や偏見の対象になっていた。現在、大阪・西成で一人暮らしをする1929年生まれの長谷忠さんは、ゲイであることを長年打ち明けることなく、誰かと交際したことも性交渉の経験もなかった。文学を心の拠り所にしながら孤独の中で生きてきた長谷さんだったが、時代の移り変わりとともに同性愛者を取り巻く環境が変化し、その境遇に転機が訪れる――。
長谷さんの人生と近年の姿を映し出したドキュメンタリー映画「94歳のゲイ」が、4月20日から全国公開される。2年以上をかけ、長谷さんを取材した吉川元基監督に話を聞いた。
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本作は、2022年MBS毎日放送で放送された「93歳のゲイ~厳しい時代を生き抜いて」TV放映版に追加撮影、再編集を加え、TBSドキュメンタリー映画祭2023で大阪・京都限定で劇場上映した作品に、さらに新たなシーンを追加したもの。
吉川監督は、2012年に毎日放送入社、報道記者として数多くの事件や政治問題を扱い、2022年からドキュメンタリー番組「映像」シリーズのディレクターを担当している。日雇い労働者の町として知られる大阪市西成区のあいりん地区で、ボランティア関連団体の関係者から90代のゲイの男性が一人暮らしをしている、ということを聞き、取材を始めたと明かす。
本編のインタビューの多くは長谷さんの住まいで撮影されており、長谷さんは幼少期からの自身の人生を赤裸々に語る。その姿からカメラの後ろ側の吉川監督との信頼関係や親密さを感じさせるが、ひとりの人間の、きわめてプライベートなトピックを映像作品として世に出す、ということでどのような交渉を行ったのだろうか。
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「長谷さんのドキュメンタリーを作りたい、と話を持ち掛けたら、長谷さんは『僕には家族もいないし、恋人もいないから。どんな風に描かれても、喜ぶ人も悲しむ人もいない。だから取材をしてもかまわないよ』というようなことを言われて。こんな風に取材の許可が出たことが初めてで、その言葉に長谷さんの深い人生と重みを感じました。長谷さんにとっては取材を断るとか、許可するとかいう次元の話ではなかったのです」
長谷さんは、1963年に現代詩の新人賞として最も権威ある現代詩手帖賞を受賞し、勤め人としての傍ら文学とともに生きてきた。退職後からこれまで年金で暮らし、高齢者が多く住む西成区のあいりん地区で、福祉サービスを受けながら独居生活を続けている。
「長谷さんはそれまで大阪の違う街に住んでいましたが、89歳の時に西成にやってきて、『もう隠すものはない、本当の自分をさらけ出そう』と決意し、ゲイだということを周りに明かしたそうです」
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本作の取材は2021年冬から2年をかけて行われた。吉川監督は取材当初の心境をこのように吐露した。
「長谷さんと出会った最初の頃は、電話もお持ちではなかったので、とにかく家に行って撮影するという形で、週4回くらいお宅にうかがっていました。カメラを拒否するような感じもなく、サービス精神のある方で、いつもたくさんお話をしてくださいました。でも、最初は私の人間性を探っているような形で、まず『あんた結婚してるの?』と尋ねられ、『僕は一人や。おかしいなって思うやろ』と聞いてきて。それに対して自分自身もどう返したらいいかわからなくて……長谷さんにどこまで人間的に近づけるか、不安に思ったことはあります」
長谷さんに対する吉川監督の誠実さは、本編で映し出されるさまざまなエピソードから窺える。
「長谷さんの自宅に通う人が、本編にも登場するケアマネージャーの梅田さん以外にほとんどいなかったんです。長谷さんは話好きなのですが、足が悪くて外出があまりできないので、私が訪問して様々な話を聞いたり、長谷さんが書いた小説6冊を全部読んで、『ここが面白かったです』と、感想を言ったり、毎日2回出かける炊き出しに、私も一緒にカメラを回さずについて行きました」
「この映画版はまだご覧になっていないのですが、2022年にテレビ放送した番組では『かっこよく撮影してくれてありがとう』」と言ってくださいました」
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テレビ放送がきっかけとなって、長谷さんに新たな出会いがもたらされる。この映画では、東京在住のボーンさんが、TBSでの再放送を見たことから「ゲイの高齢者のロールモデルとして興味を持った」と、大阪の長谷さんを訪ねるのだ。優しく、しかもハンサムなボーンさんは、まさに長谷さんの“タイプ”のど真ん中。年齢差を超えて、少しずつ距離を縮めながら互いへの敬意と愛情が伝わる関係を構築していく姿に心を揺さぶられる。
「私たちもびっくりしました。長谷さんが心の慰めだと言って部屋の壁に貼っている、俳優さんたちの一番大きい写真にそっくりな人が現れるんですから。そして、取材者である私に対する話し方と、梅田さんやボーンさんに対する態度が全く違うのを感じました(笑)。同性愛者である、梅田さんやボーンさんに対しては、長谷さんからの質問が多いんです。長谷さんにも、ここまで心を許せる人がいるのだと驚きました」
吉川監督にとっても、親以上に年の離れた長谷さんはどのような存在だったのだろうか。
「私や取材班に対してもいつも丁寧で、非常に心優しい方です。長年文学を通じて自分自身を表現されているので、自分の言葉を非常に多く持っている方。しかし、同性愛者同士の交流については、自分からは何もアクションを起こせなかったと。そういった孤独、人とつながりたい欲望をすべて文学に昇華させていたのだと思います。50代、60代の頃の長谷さんと出会っていたら、今とは全く違う人だったのかもしれないな、と思ったりもします」
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今までドキュメンタリーとして語られることが少なかった、高齢者のLGBTQを描く映画としての見せ方、構成で気を配ったこと、受け取ってほしいメッセージをこう語る。
「高齢者のLGBTQを扱うということで、深刻で暗くなりすぎないように心がけました。長谷さんという人物が非常に明るく、チャーミングなので、なによりもそこを自然な形で出したいなと思いました。そして、取材した『薔薇族』の伊藤文学さん、梅田さん、ボーンさんも優しく明るい方々なので、それぞれの人物像をきちんと出そうと心がけました。
今は、世界のいろんな街でパレードが行われたり、LGBTQを尊重する機運が高まっています。個人の性的指向を公にする人々も増えてきましたが、社会が急に変わったわけではなく、長谷さんのように差別や偏見にさらされながらも、耐え続けたり、時に伊藤文学さんのように、立ち向かった人たちがいて、今の社会が作り上げられたことを知っていただきたいです」
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長谷さんの生きざま、吉川監督の眼差しを通し、暗闇の中でもがいていたとしても、光が見えてくる時が必ずある……観る者にそんな希望も与えてくれる傑作ドキュメンタリーだ。
映画は4月20日から、ポレポレ東中野ほか全国順次公開。公開初日に合わせ、長谷さんは人生で初めて東京を訪れ、舞台挨拶に登壇する予定だ。また、劇場販売用パンフレットには、長谷さんの詩が掲載されている。
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