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アリ・アスターも舌を巻いた異形ホラー「オオカミの家」は音もすごかった! ヒットの要因、作品の聴きどころ座談会

2024年4月7日 10:00

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異例のヒットを記録した不思議なホラー映画
異例のヒットを記録した不思議なホラー映画
(C)Diluvio & Globo Rojo Films, 2018

昨年のミニシアター界を沸かせた、異色作「オオカミの家」Blu-rayが発売となる。この作品の日本での劇場公開を発案したWOWOWプラスの山下泰司氏、配給・宣伝のザジフィルムズの笹川麻紀子氏、Blu-rayマスタリングを担当したオノ セイゲン氏と映画.com編集部が、4月12日の発売に先駆け、オノ氏のスタジオでBlu-ray視聴会を実施した。

本作は、チリのビジュアル・アーティスト、クリストバル・レオンホアキン・コシーニャによる長編初監督作品で、ピノチェト軍事政権下のチリに実在したコミューン「コロニア・ディグニダ」に着想を得て制作されたストップモーションアニメ。

チリ国内を中心に16カ所の美術館で公開制作が行われ、5年がかりで完成した。壁に直接描いては消す2次元アニメーションと、造形物を作っては壊すさまをコマ撮りした立体アニメーションという凝りに凝った映像で、独裁政権下でナチの影響を色濃く残したドイツ系カルトのコミューンで生きた少女の恐怖と心の闇を表現する。全編ワンシーン・ワンカットで空間が変容し続ける、この異形ホラーに舌を巻いたアリ・アスターが、最新作「ボーはおそれている」内のアニメ・パートを2人に依頼したという逸話がある。

画像2(C)Diluvio & Globo Rojo Films, 2018

映画.comレビューでも「本当にどうかしている映像しか出てこない!」などのコメントが並ぶように、独創的な映像表現に目を奪われるが、音に関しても相当なこだわりを持って作られている。このほど発売されるBlu-rayの音声マスタリングは、 「坂本龍一/戦場のメリークリスマス」や、「ヴィム・ヴェンダース ニューマスターBlu-ray BOX」などを手掛けている録音エンジニアでアーティストの、オノ氏が担当した。

2023年8月の日本劇場公開後から口コミが広がり、満席続き。わずか3館でのスタートが全国約70館にまで拡大、興行収入7500万円越えという異例のスマッシュヒットを記録した本作。なぜ、日本から地理的にも文化的にも遠い、小規模作品がこれほどまでに観客を集めたのか? そんなヒットの裏側も考察しながら、座談会が行われた。

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(左から)ザジフィルムズの笹川麻紀子氏、WOWOWプラスの山下泰司氏、オノ セイゲン氏
(左から)ザジフィルムズの笹川麻紀子氏、WOWOWプラスの山下泰司氏、オノ セイゲン氏
▼「オオカミの家」音、音楽のこだわり
映画.com編集部(以下、編集部):私はオンライン試写に続いて2度目の鑑賞でしたが、今回は音の豊かさに驚きました。「オオカミの家」監督たちの音、音楽のこだわりを教えてください。
WOWOWプラス山下氏(以下、山下):サウンドデザイナーのクラウディオ・バルガスさんという方が音響デザインとしてクレジットされていますが、音響デザインとは別に“音と音楽の実験”という項目があって、そこにバルガスさんと監督2人の名前が入っています。

この作品は完成まで5年かかっていますが、映像がすべて完成してからサウンドデザイナーに渡したわけではなく、撮れた映像を次々にバルガスさんに渡していたそうで。ですから音も5年がかり。映像作品の多くはサウンドライブラリーと呼ばれる、効果音や音楽のストックを使って音作りをすることもありますが、今回、バルガスさんは既存の音源は使わない、というルールを自分で決めたそうです。自分だけでなく、自分の子どもたちにもいろんな音を出させて、それを使って構成していきました。

コロニア・ディグニダはナチの時代を引きずっている場所なので、音楽ではナチを思わせるような楽曲としてワーグナーがあって、子守り歌はブラームス。ドイツの大体同じような時代の人たちの楽曲が使われています。

しかし、劇場とここでのBlu-ray上映では音がかなり違いました。部屋の大きさが違うということもありますが、それだけじゃない。セイゲンさんのマスタリングという作業がさらにそれぞれの音のニュアンスを豊かにし、定位をよりクリアにしたように感じます。

こだわりの詰まったBlu-ray
こだわりの詰まったBlu-ray
オノ セイゲン氏(以下、オノ):パッケージソフトに音声を収録する際の、最後の質感の調整がマスタリングです。今回もCDよりも高音質の、48kHz/24bitのリニアPCMというスペックでBlu-rayに収録するということで、まずは映像を見ないで音の素材だけをチェックしました。この作品の音は、いわゆる映画の音や音楽とはまるで違った感じを受けました。普通、映画の音響は、ダビングステージと呼ばれる専用のスタジオで作られるんですが、これはそうではない。商業映画ではなく、美術館でインスタレーションのようにして作られたと聞いていたんですが、音がすごくよかった。

2010年代以降の映画は、ハリウッド作品を筆頭に上手にサラウンドが使われていますが、インディペンデントで作られたこの作品もそれらに負けないぐらいのクオリティの音でしたね。僕には現代音楽家の友人もいますが、今はみなコンピューターを使いホームスタジオで音響制作をやっている。そして、大きなプロダクションでなくても、良いセンスがあればこの作品のようにちゃんとした映画の音が作れます。

今日、ここで見て音が良かったでしょ? (一同同意)

本当に音がよくできていたので、ここで仕上げのマスタリングだけすれば完璧になるのです。僕、ホラーは苦手なんで映像はあんまり見ないようにしていたけど(笑)、でも、音だけでいい作品だってわかる。サウンドスケープの自然音はもちろん、細かい面白い音がいっぱい入っていて。デジタルエラーみたいなノイズもわざと入れていたり。

そして、ダイアログと音楽とSE(効果音)、ノイズも含めて同じレイヤーでデザインしているのが、僕と感覚的にすごく近くて。だからこうやりたいんだろうなというのが手に取るように分かる。音を好きな人は絶対気に入るはずです。

画像5(C)Diluvio & Globo Rojo Films, 2018
山下:今回、他の映画作品よりマスタリング作業に時間がかかったんですよね。
オノ:言うなれば音響作品でしたからね(笑)。数カ所だけ本当のデジタルエラーがあって、それは波形を見ればわかるんだけど、とにかく不思議な効果音が意図的にいっぱい入ってる映画なので、その意図から外れたエラーを取り除く作業が大変でした。このノイズはわざと入れているのか?なんて考えたりして、おそらく作り手と同じくらいこの作品の音に入り込んだかと思います。
ザジフィルムズ笹川氏(以下、笹川):作品は何度も見ていますが、こちらでBlu-rayを改めて見たら、音を聴いている、というよりも脳内で音が勝手に響いているような感覚になりました。笑い声みたいな音とか、初めて気付く音もいっぱいあって。画も音もとにかく情報量が多い作品なので、何回見ても発見がありますね。
オノ:サラウンドの使い方がうまいんだよね。ハリウッド作品のサウンドデザインに負けないぐらい音にこだわっている。
山下:主人公のマリアがあの家に入るまで、音はフロントのセンターからしか出ていない。そこまでずっとモノラルで。部屋に入った瞬間に5.1chになってドーンと広がる。サブウーファーから重低音も出て、これからヤバいことが始まるぞ、という予感を与えるんです。
編集部:劇場でご覧になった方は、Blu-rayでまた楽しめますね。一時停止や巻き戻して聴きなおすことができますから。
画像6(C)Diluvio & Globo Rojo Films, 2018
山下:ホームシアター(5.1chのシステム)があるお宅で聞いたら、自宅のどこかから聞こえてくる音なのか、この作品から出ている音なのか、判別がつかないような部分もあると思います。それくらいリアルに鳴っている。5.1chが聞けない人は、Blu-rayには2chのステレオ・ミックスも入っているのでそちらで。すでに配信で見ている方からも「ヘッドホンで聴くとすごい!」という感想もいただいているので、2chでも十分楽しんでいただけると思います。
オノ:最近の作曲家さんは、イマーシブとかドルビーアトモスとか、天地方向の立体音響の試みもしているようですが、映画のサウンドデザインの基本は5.1ch。5.1chでもこんなことができるんだ、っていうお手本のような使い方だから、音響や音楽、サウンドスケープを勉強していたり、仕事にしたい人にとっても、これを聴いておくのはマストだと思います。
画像7
▼予想を超えたヒットの要因は?
編集部:昨年晩夏からのスマッシュヒットホラー作でしたね。ヨーロッパの名匠の良作の取り扱いが多いザジフィルムズさんでは、珍しいタイプの作品ですが、どのような観客層に向けて宣伝したのでしょうか? また、公開後に想定外のことなどありましたか?
笹川:日本で大ヒットとなった「ミッドサマー」(2019)のアリ・アスター監督が「オオカミの家」に惚れ込んだということで彼の名前を前面に出して、ホラーファンや、これも弊社配給のアニメーションのカルト的人気作「ファンタスティック・プラネット」を見に行ったような若い世代をターゲットにしました。ビジュアルも、デザイナーさんに怖い感じに作ってもらって。その時点でのリアクションが予想以上に盛り上がり、ターゲット層に届いたな、立ち上げはいい感じにいったなという手ごたえがありました。

ただ、ホラーで売り出したものの、ものすごくアート作品だし、話はよく分からないし、チリの政治的な背景や文脈がわからないと理解が難しいところもあるので、騙しているわけではありませんが……正直、ホラーとして売って大丈夫かな? という不安はありました。

ですが、公開前に映画ファン向けの試写会をオンラインでやってみたところ、好意的な感想をいただいたので、安心して公開を迎えられました。渋谷のシアター・イメージフォーラムでは1日5回が全回満席という日が週末だけでなく、平日にもあって。1週目は、アーティスティックなアニメーションを作っているクエイ兄弟やシュヴァンクマイエルの作品が好きだったような40~50代のお客様が多かったんです。だから、初動はこちらが見込んだ若い世代が来ていたわけではないのですが、それでも満席が続き、そのうちにだんだん、若い人たちが増えてきました。イメージフォーラム前で、制服姿の男子高校生3人組が前売り券を持っていたものの、満席で入れなかった様子だったのを見たのは驚きました。

画像10(C)Diluvio & Globo Rojo Films, 2018
山下:僕も男子高校生を川崎のチネチッタで見たんです。やっぱり3人組で、終わった後 「さっぱり分かんない」とか感想を言い合っていましたが(笑)、その世代まで届いていたのはかなり予想外でしたね。
編集部:上映館数も徐々に拡大していったのですよね。
山下:チネチッタでは、最初は200席くらいのスクリーンで上映したのですが、好評だったので2週目からLIVE ZOUND(ライヴ ザウンド)というリッチな音響システムの入った400席規模の大きなスクリーンで上映されました。嬉しいというより、「そんなに大きな部屋にして大丈夫なの!?」って感じでした。さすがにその大きさだと満席になる、ということはありませんでしたが、大勢のお客さんが入っていましたね。その大きな部屋でやった初日に僕も行っていたんですが、その時に立川シネマシティの編成部長が見に来てくださっていて、即決で翌週から立川での上映が始まったんです。そっちも初日に様子を見に行ったんですが、やっぱり満席。でも、みんな見終わったあと、ポカーンとしてるんですけどね(笑)。「何を見せられてたの?」って感じで。
笹川:イメージフォーラムのお客さんも、最初は「これ、やばいよね、怖いよね」っていうテンションで来るらしいのですが、終映後明るくなると、シーンとしてるって聞きました(笑)。
山下:うかつにものを言えない心理が働くのかもしれませんね(笑)。SNSを見ていると、全く面白くないって言う人もいるし、とにかく「寝た」って書いてる人が多くて(笑)。こんなに寝たことを公言される映画ってタルコフスキー以来じゃないか、っていうくらい。
画像8(C)Diluvio & Globo Rojo Films, 2018
編集部:何かわからないけど、でも、何かすごいものを見た。そういう体験ができることは確かですよね。
山下:そう、ハマる人にはものすごくハマる。みんなが「なんとなく良かった」っていう映画より、こういう反応が両極端に振り切る映画の方が「ヒット」になるのかもしれません。
編集部:監督2人はチリでは有名なアニメーション監督として知られているのですか?
山下:どちらかというと美術家、アーティストとしてでしょうね。この作品で、アニメーション作家としての名声も高まったと思います。「オオカミの家」はチリでも半年くらいは映画館で上映されたようですが、基本的にシネマテークや美術館での上映だそう。こんなに沢山の映画館で上映されて、当たったというのは日本だけだと思います。なにしろ遠い国チリの暗い過去の歴史を扱っているわけで、ほとんどの人はそんなことを知らずに見に来ている。だけど、見終わった後に、パンフレットを読んだり、関連する他の作品を見たり、調べ出してるんですよね。
笹川:日本のドラマの考察ブームもあってか、この作品の中にちりばめられた様々なサインに気付く方もいるようで、考察を深める楽しみ方もされている作品です。
山下:「オオカミの家」公開時に既に「コロニア」(15)、「コロニアの子供たち」(21)という映画や、「コロニア・ディグニダ: チリに隠された洗脳と拷問の楽園」(21)というNetflixドキュメンタリーが存在して、深掘りできる材料がたくさんあった。今年に入って公開されたアリ・アスターの新作「ボーはおそれている」(23)の中盤にアニメーション・パートがあって、そこをこの「オオカミの家」のレオン&コシーニャが担当しているので、そっちを見た人たちにも注目されてます。「オオカミの家」は2018年の映画なので、ちょっと前の作品なんだけど、その直後に公開していたらこんなに当たっていなかったかもしれません。タイミング的にも良かったのかも。
編集部:あとは、どちらかというと最近の映画は分かりやすい作品が好まれる傾向があるので、何度見てもわからない「オオカミの家」は逆に新鮮なのかもしれないですね。
Blu-rayでしか楽しめない特典も盛りだくさん
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▼Blu-rayの特典がすごい!
編集部:そんな熱いムーブメントを巻き起こした本作のBlu-ray初回生産限定豪華版は、装丁やブックレットも凝っていて、手元に置いておくアート作品のようですね。ブックレットは解説テキストと、メイキング写真の2冊も入ってます。そして映像特典も豪華だとか。
山下:48分の映像が入っていて、監督インタビューのほか、若い人たちとワークショップで作ったという、2分くらいの短編「犬のお話」が入っています。「オオカミの家」本編に出てくる犬の話です。

本編で使われなかった映像も6分くらい入っています。音はありませんが、使わなかった理由がなんとなくわかるのも面白い。あとは彼らの過去の短編で、20分くらいの実写短編「魔女と恋人」というのがあって、これが「オオカミの家」以上の怪作で(笑)、謎の緑色のおばさんが主人公なんですが。そして、ホアキン・コシーニャ単独監督のアニメーションも。権利の関係で劇場公開時に同時上映した「」を入れることができなかったので、それをカバーするものが必要だ、と頼んだら出してくれました。まだ、多くの人には全貌が見えていない作家たちだと思うので、これらの映像と2冊のブックレットで彼らの輪郭がもう少しはっきりしてくると思います。

笹川:「オオカミの家」と「」の劇場公開も続いていて、4月27(土)、29(月・祝)、30(火)には池袋、新文芸坐での上映が決まっています。
オノ:今日の上映ではサブウーファーの効果に気を付けたのですが、新文芸坐のBlu-ray上映も僕が調整しますので、大いに期待してください!
山下:そうそう、この夏に広島で開かれるアニメーション映画祭<ひろしまアニメーションシーズン2024>(https://animation.hiroshimafest.org/)に監督のひとり、ホアキン・コシーニャが審査員として来日することが決まって、彼らの過去作品の特集上映もされるようです。まだまだ「オオカミの家」旋風は続きますよ。

オオカミの家」初回生産限定豪華版 Blu-ray(7,480円税込)は、4月12日発売。

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