コントロールと加害から脱出した人間はどう生きていくのか? ひどい恋愛の終わりにも参考になる「カラーパープル」【二村ヒトシコラム】
2024年2月18日 20:00
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作家でAV監督の二村ヒトシさんが、恋愛、セックスを描く映画を読み解くコラムです。今回のテーマは巨匠スティーブン・スピルバーグが1985年に手がけた同名映画をミュージカル映画としてリメイクした「カラーパープル」。男尊女卑がまかり通っていた時代、横暴な父に虐待され、10代で望まぬ結婚を強いられた主人公が、様々な出会いによって感化され、自立していく姿を謳い上げた音楽劇の魅力を語ります。
社会問題や過去におきた悲劇的な事実を題材にして、なにかを告発する重厚な映画が苦手です(体制側や特定の宗教を礼賛する映画も嫌いですが)。
社会問題について知ることは嫌いではないです。戦争で今現在も子どもが殺されているとか、えらい人がお金をネコババしたといった報道を聞くと、自分が日々やってる悪いことを棚にあげて本気で頭にくるし、そのことについてもっと知りたくなります。漫画『はだしのゲン』は学校の図書室に置かれるべきだと思います。
ですが、それが文章や漫画ではなく映画というかたちで表現されるときに、あらかじめ作り手側が「正しい答え」を知っていて、それを観客に示すみたいな構成になってると映画として面白くないなぁと感じます。
最初から「これは悪だ」と決まってる存在をさらに断罪をするのが目的である映画は、怒りたがっていた人たちを怒らせてあげてるだけのような気がして、それは映画でやるべきことだったのかなあと感じるのです。それに、正しさに扇動された観客はその後、その問題について自分の頭で考えることをやめてしまうようにも思います。
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「カラーパープル」の物語は20世紀初頭のアメリカ南部で黒人の女性として生きることの過酷さを描き、まさに過去の悲劇的な社会の問題をつきつけてきます。さっき書いたことといきなり矛盾するようですが、日本ではこの2月9日から公開されるミュージカル版「カラーパープル」を観た僕は、苦手どころか、めちゃめちゃ感動しました。
原作の小説が1982年に出版され、それをスティーブン・スピルバーグ監督が1985年に主演ウーピー・ゴールドバーグで映画化した「カラーパープル(1985)」。それが2000年代に入ってからブロードウェイでミュージカル化され、さらにその舞台を映画にしたのが今作です。
じつは僕は、ミュージカル映画もほぼほぼ無理です。告発的な映画と同じくらい苦手です。これまで面白いと思ったミュージカル映画は「ダンサー・イン・ザ・ダーク」だけという、あーはいはい、そういう人はもうミュージカル観なくていいですよとミュージカル好きの人からは言われてしまうであろう、ようするにへそまがりです。とくに恋愛を肯定的に描いたミュージカルが嫌いで嫌いで……。
そんなへそまがりなのに、シリアスきわまる社会問題を歌と踊りで描いた今回の再映画化は、とても心にひびきました。それはなぜなのか。僕にとってのマイナスとマイナスをかけたらプラスになっちゃったのか。そういうことのような気もするし、そんな単純な話じゃないような気もする。もうちょっと考えてみます。
僕が恋愛や人生を肯定するミュージカルのなにが気に食わないかというと、監督のドヤ顔が透けて見えるように思えるからです(偏見です)。
作り手のまっすぐすぎるナルシシズムにあてられてウンザリしちゃうというのが、もしかしたら社会問題についての主義主張が強い映画と、定番的なミュージカルとの、僕にとっての共通点なのかもしれない。僕自身ナルシシズムが強い人間だから、他人のナルシシズムが気になってしまうのでしょう。そして「カラーパープル」はそういう映画ではありませんでした。
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「カラーパープル」のことの発端を簡単にいうと、南北戦争の後、ある程度の自由をえたアメリカの黒人男性のなかに、妻である黒人女性をぶん殴って無理やり言うことをきかせたり毎晩レイプしたりしてた奴らがいたという、なんともやりきれない話です。虐待されていた者が、やがて自分より弱い者をいじめるようになることが人間にはある。
僕は最近よく、人間関係において大切にされていない側の怒りのことを考えます。映画の話ではなくなってしまいますが、この記事(https://shueisha.online/culture/191821)でしゃべったようなことです。
「カラーパープル」は予備知識なしで観るとブラック・ライブズ・マターかなと最初は思うのですが(もちろんそれも大きなテーマなのですが)やがて普遍的な男と女のマターでもあることがわかってくる。あるいは現代の、恋愛や結婚や親子や友人関係や学級や職場において、立場が強い者と弱い者の関係も想起させます。
「カラーパープル」で描かれたような身体的な暴力支配は、現代の日本ではバレたら警察沙汰になります(それでもコッソリやってる連中はたくさんいます)が、もっと陰湿な、ことばによる暴力や、恋心や生活や経済を頼る心を利用した洗脳・精神支配の話もたくさん聞きます。一見やさしそうな人がやってたりもするし、女が女を、女が男を支配することもあるし、親が子どもにもわりと普通にやってるケースがあります。
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黒人たちが奴隷制度や差別に苦しめられ、そのなかの一部の黒人男性が黒人女性を虐待支配するようになった。おなじように現代で弱いものをコントロールしようとする加害者たちも、その加害者たち自身が子どものころから、さらに大きな何かに傷つけられつづけてきたのでしょう(もちろん「だから許そう」という話ではないです)。
親子でも夫婦でも恋人でも、精神支配から抜けたあとに、弱かった側の人は自分をコントロールしていた者をちゃんと憎み、呪うことが必要です。それが自己の尊厳と安定の回復につながる。
ですが、人を呪わば穴二つということわざがあります。こちらがまだ執着しつづけてしまってる対象への憎しみは、自分にも返ってくる。これ、スピリチュアルなことを言ってるのではありません。
しっかり心のなかで決別できてないまま相手を呪うと、そいつのことを愛していた(あるいは「人生とはこういうものだ」と思いこまされ、感情をうばわれ抵抗をせずにいた)がゆえに支配されてた「過去の自分」まで、愚かだったと自虐したり、自己嫌悪してしまう。それが自分自身にもむけられた呪いになります。それだといつまでたっても自尊心が回復しないのです。
呪術というものは、自分には返ってこないように練る必要があります。相手を憎むことが、同時に過去の自分に対してのいたわりと癒しになり、未来の自分への祝福と推進力になるような呪いかたが、できると思うんですよ。
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カラーパープルは、被害者がコントロールと加害から脱出したあと、どうやって生きていくのかを描いています。そこで表現として生きてくるのが、歌と踊りだったように思うのです。もちろんそれはミュージカルとしての非現実的な表現です。現実に「殴られたら歌って踊ってうさを晴らして、つらかった体験は水に流そう」ということではありません。
昔の自分まで呪わないように生きていくには、エネルギーが必要なのです。ミュージカル版は事態は陰惨なのに、ユーモアもあり、観てると楽しくなってくるパワーに満ちた、考えてみると不思議な映画でした。なるほど、こういうミュージカルが、こういう歌と踊りの使いかたが、こういう肉体の使いかたがあったのか。
いかにもハリウッドのスターっぽい体型の女優は主役級では登場しません。ガッチリ太った黒人女性たちの、太りかたの美しさは力にあふれています。その肉体が躍動するリズム。腹の底から出されて、映画館で座って観ているこちらの体までゆさぶる歌声。悲劇をセリフや演技で説明しない。理屈で訴えない。踊って歌うことで現す。
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呪いをことばにするのではなく歌と踊りにする。さんざんひどい目にあってきたけれど、わたしはまだ生きている。楽しく踊って歌う力が残っている。もしくは、お前らに殺されたもののために、先に死んでいった人たちのために歌って踊る。
これはアフリカ的な表現といっていいんでしょうか。どういう呪いなのかと僕が感じたかというと「わたしたちはこれから、お前の支配から抜けて自尊心を取りもどし、自分の力で生きていく。人を支配しなければ生きていけないお前は、そのまま進歩なく、なにも変わらず、そこにいてそのまま腐っていけ。わたしは先に進む」という、明るく楽しい呪いです。これは皆さん、ひどい恋愛の終わりにも使えますよ。
(映画では、赦しがおとずれて家族に回帰するという終わりかたなのですが、それも先住民的な自然に守られての大家族であって、風とおしが悪い密室で秘密の虐待が起きやすい核家族ではありません)
差別され、さらに虐待される立場に生まれたことの悲しみを訴える話だった「カラーパープル」が、ストーリーは変わってないのに、尊厳を奪おうとする支配に対して人間はどういう態度を示せばいいのかを考えさせる新しいドラマに再生しました。これは過去の社会の悲劇を題材にしなければ始まらなかったでしょうし、ミュージカルにリメイクするという手法だったからこそ描けたのだといえます。
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