【「枯れ葉」評論】恋慕という想いがアキ・カウリスマキ監督のウクライナへ対する想いへと変換される
2023年12月23日 18:00

再会の約束を交わす場面。背後の壁には、“ノエル・カワード”の名前が掲げられた映画のポスターが貼られている。このポスターはデヴィッド・リーン監督の「逢びき」(45)。ノエル・カワードの戯曲を映画化した作品で、彼は映画向けに脚本を手掛け、製作も兼任している。カワードの名前が、監督や主演俳優たちよりも大きく掲げられている理由は、そんなところにあるのだ。
第76回カンヌ国際映画祭で審査員特別賞に輝いたアキ・カウリスマキ監督の「枯れ葉」(2023)は、ヘルシンキの街で出会った孤独な男女の恋慕を描いた作品。アルマ・ポウスティ演じるアンサと、ユッシ・ヴァタネン演じるホラッパは、お互いの名前だけでなく、連絡先さえも知らないまま惹かれ合うという設定。「逢びき」は既婚者同士の許されざる逢瀬を描いていたため、「枯れ葉」とは設定が異なるのだが、ふたりには中年の男女だという共通項を持たせている。そして「逢びき」と同様に、劇場で映画を観ることによって親交を深めてゆくという場面も施している。つまり、「枯れ葉」と「逢びき」との斯様な共通項は、アキ・カウリスマキ監督によって意図されたものであることが判る。
「逢びき」はラジオから流れる音楽をきっかけに、過去の出来事を回想するという構成だった。ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」は、“想い”を呼び覚ますスイッチのような役割を担っていたのである。同様に「枯れ葉」では、ラジオから流れるニュースをアンサとホラッパが各々の生活の場で聴いているというくだりがある。聴こえてくるのは、ロシアがウクライナを侵攻した経過を報じるアナウンサーの声。アンサとホラッパの脳裏に過るのは、甘美な思い出などではない。己のささやかな生活とは乖離した、自国フィンランドと地続きなヨーロッパ大陸の遼遠にある戦火なのだ。今作では男女ふたりの“想い”が、遠方を慮るアキ・カウリスマキ監督の“想い”へと変換されている点が重要なのである。
「逢びき」は、第二次世界大戦の末期に撮影された作品だった。戦時中、先述のノエル・カワードはイギリスの諜報活動に従事。一方で、イギリス社会が戦意高揚の機運に傾いてゆくことを批判したことから、自身の立場が危うくなったという経緯もあった。当時の倫理観を鑑みれば、カワードが戦中にあえて不倫を描いてみせたことの意義を推し量れるだろう。アキ・カウリスマキ監督は、アンサとホラッパの行く末を順風満帆とまではいかずとも、「逢びき」のような悲恋にはしていない。わたしたちが目撃するのは、「モダン・タイムス」(1936)の終幕を彷彿とさせるふたりの後ろ姿だ。この場面でチャールズ・チャップリンとポーレット・ゴダードは、「We‘ll get along」=「ふたりでやっていこう!」と、励まし合っていなかったか。それゆえ「チャップリン」という名前が、言葉にならない至福を観客にもたらすのである。
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