【「父は憶えている」評論】過ちは見直され、良きものが受け継がれる――中央アジア、キルギスの理想を描く
2023年12月3日 22:00
アクタン・アリム・クバト監督が自ら演じるザールクは、出稼ぎ先のロシアで事故にあい、記憶と言葉を失った状態で故郷キルギスの村に戻って来る。空白の期間は23年。その間のキルギスでは3度も大きな政変があった。舞台となる村の様子も大分変わったようだ。権力者の地位に在るのは、聖職者や警察とつるみ、困窮した村人から金を搾り取っている男。村のいたるところにゴミが散乱し、木々にはレジ袋の切れ端がひっかかっている。便利な生活と引き換えに格差と環境破壊が進んでいるのは、この村も世界も同じだ。
面白いのは、そんな社会の変化にザールクがいかに適応するかを、この映画は問題にしていない点だ。「主人公がどう振る舞うかではなく、周りがどう反応するかに注目した」と語る監督は、23年間の変化を知らないザールクの登場によって、周囲の人々が何に気づくかに焦点を当てる。たとえば、ザールクの息子クバト(ミルラン・アブディカリコフ)。彼は、記憶を失ったうえ黙々とゴミを拾い集めるザールクを恥ずかしく思っていたが、ある出来事をきっかけに、恥ずかしいのは父親ではなくゴミが散乱している村であり、それを日常の風景として受け入れている自分たちなのだと気がつく。
同じような覚醒は、ザールクの妻ウムスナイ(タアライカン・アバゾバ)にも訪れる。ザールクが消息不明になったあと、彼女が権力者と再婚したのは経済的な自立が困難だったからに違いない。しかし、再び現れたザールクを目にしたとき、彼女はかつての自分が愛のある結婚生活を送っていたことを思い出す。このウムスナイの葛藤を捉えたエピソードには、一抹の救いが感じられる。女性の立場が圧倒的に弱いイスラム社会の例にもれず、ウムスナイも現在の夫に虐げられているが、それでも彼女の身近には、女性から離婚を切り出す術があることを教えてくれる人がいるからだ。キルギスには、自由と健全さが生き残っていることを知らせるように。
「明りを灯す人」のインタビューで「キルギスは中央アジアの中で民主的に発展している唯一の国。私は、平穏な未来が私たちを待ち受けているという大きな希望を持っている」と語っていた監督は、この映画でも、ザールクを触媒にした家族と村人たちの変化に未来の希望を見出している。過ちは見直され、良きものが受け継がれていく。そんな理想の明日を望む思いが、この映画にはこもっている。
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