大谷翔平、メッシ、プロテニスプレーヤーたち 配信におけるスポーツドキュメンタリーについて【ハリウッドコラムvol.345】
2023年11月30日 10:00

ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米ロサンゼルス在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
ディズニープラスで配信されている大谷翔平選手のドキュメント映画「Shohei Ohtani Beyond The Dream」が話題だ。大谷選手自身と、彼を語る上で欠かせないスター選手や監督の独占インタビューで構成された豪華な内容となっている。
かつてこの手のドキュメンタリーはテレビの独壇場だったが、動画配信が進出したことでいつでもアクセス可能になったうえに、クオリティがぐっとアップしたように思う。

配信におけるスポーツドキュメンタリーが注目されるようになったのは、Netflixが2019年に配信を開始した「Formula 1:栄光のグランプリ」がきっかけだ。F1世界選手権を題材にしながらも、タイトル争いそのものより、各チームの人間模様に焦点を当てたおかげで、それまでF1に興味のなかった新たな視聴者を惹きつけた。これまでに「Formula 1:栄光のグランプリ」は5シーズンが配信されており、通常のF1中継の視聴者数も比例して増加しているという。
今年、海外サッカーにまつわるニュースでもっとも衝撃を与えたのは、リオネル・メッシのメジャーリーグ・サッカー(MSL)への移籍だろう。アルゼンチンが生んだスーパースターはなぜサッカーの僻地アメリカを選んだのか? Apple TV+で配信されている「メッシ、アメリカへ」は、その背景とその後の活躍を描いている。
実は「メッシ、アメリカへ」は、元イングランド代表のデビッド・ベッカムの物語でもある。ベッカムが2007年にロサンゼルス・ギャラクシーに加入した際、MLSが新チームを作るときに2500万ドルでオーナーになることができるオプション契約が含まれていた。13年に現役引退した彼は、14年にその権利を行使。その後、資金調達やスタジアム建設の紆余曲折を経て、2020年にようやく「インテル・マイアミ」がリーグに参加。そして、2023年、史上最高のサッカー選手を獲得し、世界から注目されるクラブにしたのだ。まさにアメリカンドリームである。
ちなみに、インテル・マイアミは、メッシ加入後、いきなりリーグスカップと呼ばれるカップ戦で快進撃を続け、優勝に輝く(メッシは得点王)。もっとも、もともと弱小チームであるだけに、リーグ戦では失速している。ただメッシ効果は絶大で、インテル・マイアミのピンク色のユニフォームはいまだに入手困難なほどだ。

個人的には、テニスを趣味としているので、Netflixの「ブレイクポイント:ラケットの向こうに」をもっとも楽しんだ。「Formula 1:栄光のグランプリ」と同じ制作陣が手がけただけあって、全豪から全米までのグランドスラムを追いかけながら、トップのプロテニスプレーヤーたちの人間模様を描いている。もっともトップといっても、男子はステファノス・チチパス(自己最高順位3位)、テイラー・フリッツ(自己最高順位5位)、フェリックス・オジェ=アリアシム(自己最高順位6位)、マッテオ・ベレッティーニ(自己最高順位6位)、ニック・キリオス(自己最高順位13位)、女子はアリーナ・サバレンカ(自己最高順位1位)、パウラ・バドサ(自己最高順位2位)オンス・ジャバー(自己最高順位2位)マリア・サッカリ(自己最高順位3位)など、フォーカスが当たるのはテニスファンでなければ知らない選手ばかりだ。
これは必ずしも悪いことではない。スーパースターとなると、ブランドイメージの維持が大切になるから、ドキュメンタリーにおいて真の姿をさらけ出してくれない。実力はあるものの、まだスターではない彼らにはたっぷり隙があるので都合がいい。
さらに、プロテニス界はちょうど世代交代のタイミングにある。シーズン1の舞台となる2022年は、ジョコビッチがワクチン摂取を拒否したため不参加。フェデラーは引退、ナダルは故障を抱えている。BIG3(あるいは、マレーを入れたBIG4)が天下を獲っていた時代が終焉を迎えるなかで、若手選手たちにフォーカスを当てたのは正しい選択だったと思う。
「ブレイクポイント:ラケットの向こうに」で描かれるのは、外界から断絶されたプロテニスプレーヤーたちの孤独な生活だ。コーチや家族などのチームとともに、各地のトーナメントに挑戦しながら、一年の大半を旅して過ごす。トーナメントにおける勝者は一人だけだから、残り全員は敗者となる。負ければ、荷物をまとめてチェックアウトし、チームと一緒に別の地へと飛んでいく。売れないバンドがワールドツアーをやっているようなものだが、バンドがライブで力を合わせることができるのに対し、テニスは一人で相手と戦わなくてはいけない。トレーニングで体を追い込み、食事制限を行い、外圧や自己疑念と戦う彼らは、あまりに孤独だ。
このドキュメンタリーのおかげで、プロテニスに対する理解と愛着が確実に深まった。あいにくプレーはまったく変わっていないけれど。
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