【「理想郷」評論】終の棲家を求めてフランスからスペインに移住した夫が見た悪夢と妻の決意。
2023年11月12日 21:00
ガリシア州には野生の馬に刻印を施す慣わしがある。屈強な男たちが荒馬を力で捻じ伏せる。その行為は何を意味するのか。人はいつか命を失う。どれだけ金があっても墓までは持ち込めない。人生の最終幕の棲家を見つけることは、誰もがいつか直面する普遍のテーマに違いない。「理想郷」は、1997年に終の棲家を求めてスペインの小村に移住したオランダ人夫婦を襲った悪夢のような事件を基にしたフィクション。原題の「As bestas」は「獣たち」の意。
ガリシアで暮らして2年、アントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)は妻オルガ(マリナ・フォイス)と有機野菜を作って生計を立てている。教師時代の蓄えで第二の人生を送る。“理想郷”を見つけたはずのフランス人夫妻に予期せぬ災難が降りかかる。巨額がつきまとう電気事業の誘致、過疎化する村の住民投票で反対票を投じたアントワーヌは、風力発電がもたらす恩恵に目が眩んだ兄弟によって思わぬ禍に巻き込まれる。
不気味な影に怯える生活、執拗にして理不尽な仕打ち、端から移住者を許容しない傲慢な態度。小コミュニティを支配し逆らう者を捻じ伏せる52歳のシャン(ルイス・サエラ)、他人の神経を逆撫でする弟ロレンソ(ディエゴ・アニード)は45歳。伴侶もなく、失うものが何もない兄弟の蛮行を73歳の母は黙認する。
最悪の隣人による猛烈な仕打ちは、昼夜を問わずことに触れて繰り返される。不寛容で凶暴な兄に小賢しい弟の愚弄が拍車をかける。楯突こうものなら容赦ない仕打ちが待つ。警察もらちが明かない。たまりかねたアントワーヌはビデオカメラで脅迫の証拠を残そうとするが…。
監督は、浜辺で姿を消した息子を探してビーチハウスで働く母の心の変遷を描いた「おもかげ」(2019)のロドリゴ・ソロゴイェン。終の棲家の日常を静謐に映し感情がむき出しになる瞬間を逃さない。知性と野性、教養と無学、よそ者と地元民、寛容と不寛容、理想と現実、豊かさに対する認識の差違。6年を費やした脚本と光と影を対比させる撮影で世に蔓延る醜行を焙り出す。特筆すべきは、シャンとの対峙を決意したアントワーヌが兄弟と向き合うバルの場面。蚊帳の外の弟を背景に配置し、ふたりの激しいトークバトルを固定アングル、ワイド画面の長回しによって息をもつかせぬ映像に仕上げた。
真の主役は妻のオルガ。柔らかなまなざしを夫に向ける姿から一転、ふたりで思い描いた理想に向かって一心不乱に突き進む。妻殺害容疑に問われた大学教授の無罪を信じるシングルマザーの奮闘劇「私は確信する」(2018)のマリーナ・フォイスが、振り幅が大きな難役を寡黙に表現している。どんなことがあろうとこの地で生き抜く。長回しによる母の決意を案じる娘マリー(マリー・コロン)との壮絶な激論の描写の後、母と生活を共にしたマリーは「ママが羨ましくなった」とポツリ。シャワーカーテン越しに届く娘の声にオルガは微かに笑う。小さな希望が確信に変わる。肯定感に満ちた母の横顔が心に焼き付く瞬間をお観逃しなく。
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